11.信じられない過去 ~ジャクソン・セレナーデ視点~
「はあ・・・。」
彼女の話が一段落したところで私は深いため息をついた。到底信じられる話ではない。1人の身体に2人の人間がいるのは目の前で見ているからなんとか信じられる。だが、彼女から聞かされた話は荒唐無稽どころではない。頭が理解を拒否していた。
「残念ながら事実です。もし納得できないのならこの話はここで終わりです。」
「・・・いや。信じよう。そうでもしなければ娘が飛び降りたことの説明がつかない。飛び降りる前日までは普通に笑っていたのだから。」
そう。あの騒動が起きる前までは幸せな日常を過ごしていたのだ。アネットも笑顔だった。いくら夢見が悪くてもいきなり飛び降りるなどはありえないのだ。だがそれほどの日々を過ごして、時が戻ったのであれば話は別だ。時戻りする前の自分はいったい何をしていたのか問い詰めたい。そんな私の想いを察したのか彼女が口を開く。
「おそらく時が戻る前の貴方は娘に会わせてもらえなかったのでしょう。余計なことをすると殺すなどと脅されていたのかもしれません。だから身動きがとれなかったのだと思います。」
「そうだろうな。」
娘の姿を見せてもらえず、反抗的な態度をとれば娘を殺すといわれていたのだろう。だが現状を変えようとしなかった自分に腹がたつ。
「その話を聞いた時、私が何を思ったかわかります?」
「・・・怒りか?」
「ええ。彼女をそんな目に合わせた世界全てが憎いと。全てを壊してやろうと思うほど。」
「何故君がそこまで・・・。娘と出会ってからそんなに日がたっていないと思うのだが。」
「まあ私の生い立ちにも関係はありますが、私の事はどうでもよいので割愛します。重要なのはアネットが辛い思いをして傷ついていることです。」
確かに今の私には関係のない事だ。重要なのはアネットの事だ。
「事情は・・・理解はできないが無理矢理納得した。それで娘を守るために君はどうする。そして我々はどうすればいい?正直な話、納得するのが精一杯で何をすれば娘を癒せるのかわからない。」
「色々ありますが、一番大切なことがあります。アネットを愛し慈しんでください。」
「・・・え?」
予想外な言葉がでてきて固まった。だがすぐに理解する。娘は壮絶な人生を歩んできた。その傷は残っている。我々がまずすべきことは、癒し、愛されていることを自覚させることだ。傷は残り続けるかもしれない。しかし愛し、慈しむことで辛い記憶を薄れさせることはできるはずだ。私は力強く頷いた。
「そうだな。私達はそうしよう。ただそれだけでは君が言っていたこの先立ちふさがる壁を突破できないだろう。君はどうするつもりだ。」
「まずは力です。貴方が教えてくださった魔力眼。これを完全に使いこなしたい。その協力をお願いします。そうすれば何かあった時は私が前に出てきて守ることができます。」
「それはかまわない。元から教えるつもりだったからな。他には?」
「動向を調べてほしい人がいます。理由は話せないのですが、アネットの人生に関わる、又は脅威になりうる人達です。王子達以外で。」
「なっ!!王子達以外にもいるのか。」
「まだ疑惑です。そのためこちらから仕掛けるのは時期尚早です。しかしだからといって放置して手遅れになるのは避けたいのです。ですから侯爵家の人脈を使ってできる限りの情報を集めてほしいと考えています。」
「わかった。後でそのメンバーを教えてくれ。」
私は再び深いため息をついた。情報量が多すぎて頭がどうにかなりそうだった。いいやもうどうにかなっているのかもしれない。だがここまできて、ようやく彼女が娘の敵ではないと確信できたのが一番安心した。
授業ができるような状況ではなかったので、その場はこれで解散となった。自室に戻り椅子に深く座る。頭を休ませていると、恐る恐るといった感じの小さな音で部屋の扉がノックされた。
「開いている。入りなさい。」
「お・・・お父様。」
扉の隙間から顔をだしたのはアネットだった。一瞬彼女かと思ったが表情が全く違う。怯えた顔でドアから顔を出している。私は優しく笑った。
「怒っていないから入っておいで。」
「ほ・・本当に?」
「ああ。お父さんは嘘をつかないよ。」
それを聞いて安心したのか、恐る恐る部屋に入ってきた。しかしまだ不安なのか、入り口で立っている。不安を表すように手をもじもじとさせている。私はゆっくりと立ち上がると、笑顔を浮かべながら彼女に近づいた。そして目の前で立ち止まると優しく彼女を抱きしめた。
「お、お父様?」
「私が怒っているのはアネットの時が戻る前の自分にだよ。アネットが苦しんでいたのに何もすることができなかった。謝って許されることではないのはわかっているが、本当に申し訳ない。」
「ち、違います!!お父様は悪くはありません!!私が弱かったのです。全てを諦めてしまえば楽だったのです・・・。」
「今はもう諦めていない?」
「はい・・・。ノゾミが支えてくれるおかげでなんとか。彼女がいてくれて本当に助かっています。」
「そうか・・・。ノゾミというのは、アネットの中にいるもう一人の事かい?」
「はい。私に常に寄り添ってくれていて・・・。あ、でもお父様達も助けになっていますからね!!」
慌てていう娘に苦笑する。だが私達よりもノゾミという女性の存在が本当に大きいのだろう。最悪な可能性も考えていたが、彼女は本当に娘のために動いているようだ。それならば私も彼女に力を貸そう。それがきっと娘のためになるはずなのだから。
私は一度アネットから身体を離し、座り込んで彼女に目線を合わせる。
「アネット。1つだけ覚えておいておくれ。」
「はい・・・?」
「私もお母様もお前の幸せが一番なんだよ。前回の人生は最悪だったかもしれない。でも君はもう一度幸せを得るチャンスをもらえた。可能性は無限大だ。それをどうか忘れないで。」
「お、おとうさまああああ。」
アネットは私の言葉に感極まったのか、泣きだして私に抱き着いてきた。私は彼女が落ち着くまで優しくなで続けた。
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