第四章 潜入:偽りの冒険者
「――登録希望者か?」
バルゼリア北方支部ギルドの受付嬢が、驚いたように顔を上げた。
目の前に立っていたのは、銀髪に赤い瞳を持つ、整った顔立ちの青年。
やや痩せぎすだが、体の芯には何か冷たい力を宿しているような、そんな印象を与える存在だった。
「……名前は?」
「ユウト・アイゼン。身寄りはない。剣術と多少の魔法が使える」
悠人――もとい“ユウト”は、今や完全に人間に擬態していた。
本来、擬態スキルは姿形を模す程度の能力だが、【精神耐性】と【進化系スキル】の複合で、呼吸、脈拍、熱源まで模倣可能になっていた。
受付嬢の瞳がわずかに揺れたが、特に不審は示さない。
「じゃあ、《仮登録》として三日以内に依頼を一件こなしてもらうわ。ランクは仮Dね。剣士で登録していい?」
「……ああ」
ギルドカードが作成されると同時に、ユウトはバルゼリアでの活動を正式に開始した。
……
(これでよし。ギルド登録完了。あとは“奴”の行動パターンを掴むだけだ)
復讐の相手、ブライ・ガルドはこのバルゼリア北支部に拠点を構え、現在は「個人ギルド」として別格扱いされていた。
冒険者であると同時に、民間軍事団体を率いる準貴族のような立場――
金と人望で動く危険な男。
(正面から仕掛ければ、俺の存在は即座にギルドに知られる。今回は“中から喰う”)
……
三日後。
ユウトは依頼をこなし、仮登録から本登録へと昇格していた。
基本的な戦闘は剣でこなす。もちろん、それも【剣術初級】と【金属変形】の応用による偽装。
内部に剣の“芯”を通し、筋肉のように粘液で操作する。見た目は完璧に人間の剣技。
そして、彼の戦闘スタイルはギルド内で静かな注目を集めていた。
「ユウトって奴、あんま喋らねぇけど強えな……」
「うちのCランクぐらいなら普通に倒しそうだぞ?」
「噂じゃ、火魔法も使えるらしい。バランス型の剣魔タイプだな」
ギルド内での信用を徐々に積み重ねつつ、ユウトは密かに“標的”へと迫っていた。
……
その頃、ブライ・ガルドは邸宅の執務室で、一通の報告書を読んでいた。
「……“紅蓮の魔女”が死んだ? あいつを殺れる奴なんて、いたか?」
隣にいた側近の重装戦士が口を開く。
「ギルド本部は“メタルスライムの進化体”による報復ではないかと噂してます。蘇生拷問の後遺症による、狂った個体が生まれたと」
「ハッ! スライムに殺されるとか、情けねぇ女だな。だがまあ……そういう“異常個体”ってのは、確かにいる。だから潰しとくに越したことはねえ」
ブライは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「俺が最強だ。誰であろうと、踏み潰してやる。それだけだ」
……
夜、ギルド酒場。
ユウトは静かに椅子に座り、数人の冒険者たちの会話に耳を傾けていた。
「明日、ブライの護衛チームが森に出るらしいぞ。何か、大きな依頼があるらしい」
「マジかよ、また上級魔物の狩りか?」
(来たな……チャンスだ)
ユウトはそっと立ち上がり、ギルドの掲示板を眺める。
そこに、新たに貼られたB級依頼があった。
■《護衛任務》:依頼主・ブライ・ガルド
内容:護衛隊の補助、偵察、斥候の随行
期間:3日間
指定ランク:C以上(特例でD参加可)
静かにギルドカードを掲げる。
「この依頼、受ける」
……
そして、夜が明ける。
第三の復讐劇が始まろうとしていた。




