第三章 ギルドマスターの疑念
カレスタ地方ギルド支部――
広大なギルド本部の最上階に設けられた執務室に、ギルドマスターガロス・ヴァンダールは、眉間に皺を寄せていた。
「……“紅蓮の魔女”が、殺された……だと?」
「はい、間違いありません。遺体は消失していましたが、彼女の屋敷が完全に焼け落ち、結界石の記録に不正侵入の痕跡が残っていました」
副官が差し出した魔石には、かすかな銀色の影が映っていた。床を滑るように進むその影には、確かに“意思”があるように見える。
「魔物……それも、スライムのように見えるが……これは、何だ?」
「それが……問題なのです、ギルドマスター。現場から回収された血文字には、こう記されていました」
副官が血にまみれた紙片を掲げる。
【二人目だ。次は誰かな?】――“経験値袋”
ガロスの眼光が鋭くなる。
「“経験値袋”……!? まさか――あれが……」
ガロスの脳裏に浮かんだのは、数年前に試験運用されていた訓練用モンスター拘束装置。
ギルド本部地下に設けられた非公開施設。数体の特殊個体――特に“メタルスライム”が、冒険者育成用の「無限訓練素材」として用いられていた。
「まさか……生き残っていたのか……!」
訓練用の個体には、蘇生魔法が組み込まれた“自動転生陣”が施されていた。
死ねば即座に蘇生され、記憶を消去して再び同じ目に遭う――
だが、対象が「意思を持ち、進化する存在」だった場合は?
「我々は、“人間以上”の存在を、無限に苦しめ続けていたのかもしれん……!」
……
一方その頃――
街の外れにある廃墟の教会。すでに誰も訪れないこの場所を、悠人は新たな“根城”としていた。
「セリナの魔力スキル、悪くない。火球の扱いにはコツがいるが、【詠唱短縮】がかなり便利だな」
悠人の銀色の身体がうねるように変化し、火球を生み出す。
バシュッ。
崩れかけた柱に命中し、赤い閃光と共に爆発が起きる。
「威力も上々……だが、俺はただ火球を撃ちたいわけじゃない。もっと、効率的に殺せる術が欲しい」
彼は“狩り”をする者として変貌していた。
かつては人間だった。だが、殺され続け、魂をすり潰されるような日々の中で、人としての在り方が変わった。
もはや正義も善悪も、復讐の前では何の意味も持たない。
「次は……あいつだ。俺を最も多く殺した冒険者、ブライ・ガルド」
ブライ――元Sランク冒険者候補であり、ギルドの訓練制度を最大限に利用して昇格を果たした剣士。
戦闘狂で、悠人を“何度殺せるか”という遊びに興じていた。
彼は今、隣国バルゼリアで個人ギルドを設立し、さらなる力を得ようとしている。
「奴を仕留めるには、ただの突撃では無理だ。スキルが足りない。身体も……まだ、このままでは」
悠人は静かに自分のステータスを眺める。
ステータス(簡略表示)
名前:山澤悠人(異世界名なし)
種族:メタルスライム(異種進化型)
レベル:68
称号:不死の囚人/復讐する者/進化する怨霊
所持スキル:
・【精神耐性Lv5】【痛覚抑制】【神経毒生成】
・【スキルコピー】【熱属性魔力強化】
・【詠唱短縮】【剣術初級】【気配遮断】
・【金属変形】【腐食粘液】【擬態】(NEW)
「擬態……使えるな」
悠人の身体が、微かに人型に変化し始める。
完全な変身ではないが、マントやローブを纏えば夜間に人間と見間違う程度にはなる。
「情報を集めよう。次の獲物のために――」
復讐は、衝動ではなく戦略に変わりつつあった。
……
その夜、ギルド本部では異例の非常事態会議が行われていた。
「“殺人スライム”に懸賞金をかけるべきです!」
「バカを言うな! そんなことを公にしたら、訓練施設の存在まで露見する!」
「しかし、もう手遅れです。奴は“喋る”んですよ……!」
「魔物が喋るなど前例が――」
「“復讐する意思”を持ち、スキルを吸収する個体が現れたとしたら、それはもはや“魔物”ではない……“呪い”だ」
誰かが呟いたその言葉に、部屋中が静まり返った。
……
復讐の第三の標的は、バルゼリアの剣士“ブライ・ガルド”。