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第二章 紅蓮の魔女

かつて、冒険者ギルドの地下訓練施設には「訓練用モンスター管理室」と呼ばれる部屋があった。


その中心には一体のメタルスライムが封じ込められていた。名前も、意思も持たない存在として、彼は扱われていた。


そして、彼を「焼くこと」が最も楽しみだった女がいる。


紅のローブに身を包み、火焔の魔法を自在に操る魔術師――セリナ・ブランシュ。


「またあのスライムか。今日は何度目だったかしら。30? 40? ふふ、すっかり私の火球に耐性がついたわね。けど……まだ“絶火インフェルノ”には耐えられないでしょう?」


炎が奔る。


粘液が乾き、金属の体が溶けるほどの熱。痛みの神経さえ灼き切られる中、悠人は決して彼女の顔を忘れなかった。


何度死んでも、彼女の笑顔だけは焼き付いていた。


あれから半年。


……


「“紅蓮の魔女”セリナ様、例の仕事の件ですが……」


「ふふん、例の魔族討伐ね? 退屈しのぎにはいいわ。ところで、その報酬、もうちょっと上乗せしてもらえないかしら?」


セリナは今、CランクからAランクへの昇格を目前に控えた実力者として、地方都市カレスタの冒険者ギルドに籍を置いていた。


その名声は高く、容姿もあって取り巻きの男は多い。だが彼女自身は他人に興味を持たない。強さと名声だけを求める女だった。


その夜、セリナは一人、酒場を出て自宅へ向かっていた。石畳をヒールが叩く音が、静かな路地に響く。


「……妙ね、人気がない」


首筋に、ひやりとした気配を感じた瞬間、彼女は即座に詠唱に入った。


「《火の精霊よ、我が盾となれ――フレイム・ウォール》!」


燃え上がる炎が防御壁を作る。だが――遅かった。


「ぐっ……!?」


足元にあった水たまりが、銀色に染まる。


次の瞬間、足元をすくわれ、体が引き倒された。


「な、なによっ! 誰ッ――!?」


「久しいな、セリナ」


その声は、スライムから発せられたものではなかった。いや、確かにスライム――銀色の“何か”が、言葉を話していた。


「声が聞こえる? そうだ。俺は“メタルスライム”ではない。俺は――山澤悠人。お前に焼き殺された者だ」


セリナの目が見開かれた。


「まさか……あの訓練用スライム……? 馬鹿な、あれは意思なんて――」


「何百回と殺されれば、嫌でも目が覚める。俺は“耐えた”。そして、“進化した”」


彼の粘液の一部がセリナの手足に巻き付く。力を込めようとすれば、痺れるような痛みが走った。


「これは……麻痺毒……!?」


「お前の炎は、確かに強かった。俺の“肉体”を焼き尽くし、“心”さえ焼こうとした」


悠人の体内から、黒い魔力が浮かび上がる。


「だが、俺はその中で【魔力耐性】【熱耐性】【精神復元】を得た。今の俺に、お前の“炎”は届かない」


セリナは必死に詠唱を試みた。


「く、くそっ……《灼熱よ、我が敵を焦がし尽くせ――!》」


だが、詠唱の終わる前に――


「遅い」


悠人の体が、空中で鋭い刃に変形した。メタルスライムの体を刃状に変化させる技――【金属変形】。


それがセリナの喉元に突き立てられる。


「くっ……!」


血が、噴き出す。


「お前は、一度目の死だ。これから、九十九回、同じ苦しみを味わわせる」


悠人は、セリナの血を吸うように体内に取り込み、スキルを吸収していく。


【スキル獲得:火球】【熱属性魔力強化】【詠唱短縮Lv1】


「ふん……お前の魔法、借りるぞ」


……


夜明け。


セリナの屋敷から上がる火柱が、町を騒がせた。彼女の亡骸は燃え尽き、部屋には何も残っていなかった。


しかし、ギルドマスターのもとには、一通の“血文字”が届いていた。


【二人目だ。次は誰かな?】――"経験値袋"


ギルド中枢は騒然となった。


「これは、復讐だ……訓練用モンスターの報復……!」


長らく放置されていた“地下訓練所”の闇が、いま暴かれようとしていた。


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