第九章 継承される意思と、神界の崩れ目
ミリアが瓦礫の中で自我の残滓を揺らしている間、世界の裏側では別の動きが始まっていた。
遥か東方――荒涼とした砂漠の底、忘れられた古代都市《アルヴァーンの廃墟》。
その地下深く、巨大な石扉の向こう側で、闇に包まれた一群の者たちが集っていた。
「――ついに我々の時が来たな」
重厚な声が闇を裂く。
その声の主は、灰色の獣人族長、リオン=カヴァス。
彼の目は凍てついた鋼のように冷たく、そして確信に満ちていた。
「奴の復讐の炎が、この世界の矛盾を暴き出す。だがそれは我々の鎖も解き放つ契機となる」
リオンの周囲には、魔法で拘束されていた奴隷獣人や、血塗られた過去を持つ異形の者たちが集まっている。
「奴隷として生き、虐げられてきた我々の怒りは、今や神々さえ震えさせる“新たな意志”と融合しつつあるのだ」
そこへ、薄闇の中から若い女性が現れた。
――黒衣の祈祷師、アイリーン・ヴァルデラ。
「リオン様、また“銀の痕跡”が増えております。先ほどの獣人牢からも反応が」
リオンは頷く。
「だが、まだ序章に過ぎぬ。我々は焦ってはならぬ」
「しかし、時が迫っております。神界も黙ってはいないでしょう」
リオンの目がさらに鋭く光る。
「だが、もう逃げられぬ。ユウト・メタルスライムの意志は“多層化”し、複数の魂がその周囲に集い始めている。これが“継承者”の目覚めだ」
リオンは手をかざし、古代文字が空間に輝く。
「やつらが“多心の意志体”となったとき、世界は“神の一元性”を失い始める」
「我らはその時、世界の底辺から“神の神話”を書き換える。奴らと共に、世界の不条理を打ち砕くのだ」
その言葉に、集った者たちの眼差しが一層燃え上がる。
……
一方、王都の大聖堂は異様な緊張に包まれていた。
〈白炎の神官〉ラオは幾つもの神界文書を読み込みながら呟く。
「第四の標的――神の器ミリアの敗北。そして“銀の意志”の拡大。これまでにない危機だ」
「“神界の鎖”を解き放ったのに、奴が進化し続けるとは……」
隣に控える司祭長が冷静に言った。
「我らは最後の手段を用いる。神界と現世を繋ぐ“原初の神柱”の封印を解き、神そのものを降臨させる」
ラオは顔を強張らせた。
「それができればいいが……神の介入があれば、世界の秩序も崩壊しかねない」
「それもまた、新たな秩序の始まりだ」
司祭長は厳かにそう告げ、祈りを始めた。
……
夜の帳が降りるころ、ユウトはひとり荒野の丘に立っていた。
背後には砂塵を巻き上げながら去っていく冒険者たちの骸。
彼の銀の体は、夜風に溶け込みながらも、確固たる存在感を放つ。
(多くの命を奪った。だが、まだ終わらない)
彼の心に新たな火種が灯る。
「継承者たちよ……集え。共に世界を変えるために」
彼の声は届かないはずの遠い地の、希望ある魂にひそかに響いていた。




