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第八章 神の器と銀の意志

――王都より南東、エルヴェ=サグラの塔、崩壊直後。


灰と瓦礫が舞う廃墟の中で、ユウトは静かに立っていた。銀の粘体は今や常に人の形を保ち、かつての「メタルスライム」の原型を留めていなかった。


彼の背には、冒険者から奪った魔具が二つ。肩には竜骨から成る防壁片が張り付き、指先には神聖文字が自動生成される“呪紋核”が蠢いている。かつての彼を殺した者たちが持っていた“力”を、ユウトは全て学び取り、消化し、吸収した。


だが、今――目の前に立つ存在は、それすら超えていた。


「――神の器、ミリア・カテリナ」


銀髪を編み上げた、まだ少女と呼べるような容貌。

その体躯に似合わぬ金属の鎧と、背に浮かぶ《神環》――輪状の天環が、彼女が“ただの人間”でないことを語っている。


「神界布告により、汝は存在制圧対象となった」


ミリアは槍を構える。“物理的な刃”ではない。彼女が操るのは、神界言語によって実現された存在拘束式――いわば、神の言葉そのものを武器とする術だった。


「“イリ=セア・マナ・リエル”――命を超える存在よ、その流転を封じる」


空気が震える。


視界が白く染まり、ユウトの動きが一瞬止まる。

彼の“存在構造”そのものに干渉する異能だ。


(なるほど……こいつは、“斬る”んじゃない。“意味”を壊しにきている)


ユウトは即座に自分の意識を、複数の層に分裂させた。すでに彼の精神は、並列処理と分岐思考を可能としている。通常の感覚では理解できない、“意思の多重化”――それを駆使し、神の術式の干渉から逃れる。


「……神の言葉でも、俺を止められない」


「貴様は危険すぎる。“意思”を持った魔物。死んでも蘇り、殺しても進化する。ならば……この鎖で、時ごと封じる!」


ミリアの背後から“七本の鎖”が出現する。それぞれが時間、空間、存在、記憶、未来、因果、魂に対応する。


ユウトの右手がかすかに上がる。


「“銀界圧縮”――開始」


彼の周囲に、波紋のような揺れが走った。


それは重力でも魔力でもない。“存在密度”そのものの爆発だ。


全ての干渉が“圧縮”され、七鎖が一瞬にして引き裂かれる。


「ば、馬鹿な……この力は、神の層から直接……」


「お前の“神”は知らない。俺は、この世界に存在しながら、世界の定義の外にいる。だから……」


ユウトは一歩踏み出す。


「お前の言葉で、俺は縛れない」


踏み込む一歩で地が割れ、瓦礫が浮き上がる。ユウトの存在が重力、熱、光、音、全ての物理を“否定”し始める。


(……これが、俺の進化の先)


ミリアは再度構え直す。


「ならば……我が身を以て、汝を封印する」


神環が砕け、そのエネルギーが全てミリアの体へ収束する。


――神界の最終封印術、《天鎖解放・自我消滅式》。


「この肉体、神の道具として使い果たす! 汝ごと時の狭間に――!」


しかし、その言葉をユウトは遮った。


「違うな」


彼は、微かに“悲しそう”な声で言った。


「お前の中にあるのは、“神の命令”だけだ。“自分の意志”が一切ない」


ユウトは手をかざす。

そして――ミリアの“心核”に直接干渉した。


「お前の中に残ってる、本当の自我……それが泣いてるんだよ」


銀の粘体が、少女の胸元から光を引き出す。


それは――かつて神官として生きようとした“少女ミリア”の記憶だった。


汚れた貴族に蹂躙されかけたこと。神界に救いを求めたこと。

器となることでようやく“存在価値”を得たと思ったこと。

全てを神に捧げ、自我を捨てた少女の、哀しき選択。


「……私は、神の鎖。私は……私は……」


ユウトはその場に膝をついたミリアに背を向け、ただ言った。


「もう戻れない。けど……“自分の意志”で歩くってのが、どういうことか。お前も、思い出すといい」


銀の渦が彼の背に広がる。


そのままユウトは姿を消した。


残されたミリアは、涙すら浮かべず、ただ瓦礫の中に座り込む。


彼女の背から、“神環”はもう消えていた。


……


その頃。


遥か東の地、《ウィス=ラナの地下牢》。

獣人奴隷の少年・グレイは、壁の影に刻まれた銀の痕跡を見ていた。


“その時に笑っていた奴を、順番に殺す”


誰かの“復讐の意志”が、そこに刻まれていた。


グレイは、初めて希望のような感情を覚えた。


(この世界にも……俺たちの怒りを、代弁してくれる奴がいるのか)


そして、グレイは心に誓った。


――俺も、あの存在の“剣”になる。


それが、後に語られる“魂の継承者”たちの、最初の目覚めだった。

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