94話:私はまあ業腹だ
気絶したランスを起こしたホークに悪気はない。
何せ、私は腰が抜け、ターニャも気絶している。
マークはランスを担ぎ、ホークはさすがに私とターニャを同時に担げない。マークならできるだろうが、それなら無傷のランスを起こし、私を運ばせようと思ったのだろう。
ホークはランスに声をかけ、その体をゆすり、彼は目覚めたが――。
「……ターニャ!?」
目覚めたランスの一言目がこれ!
婚約者である私ではなく、ターニャの名を呼んだ!
挙句、マークから床に下ろされると、倒れているターニャの方へ駆け寄ろうとする。
これにはマークとホークが二人同時で止めることになった。
止められたランスは必至に「放してください! ターニャ! ターニャ」とその名を呼んでいる。
これを見た私は、まあ業腹だった。
誰に?
それはターニャとランスの両方に!
間違いなく、これはターニャが魅了魔法をランスにかけたのだろう。
きっとターニャは自身の容姿に自信があり、最初からランスに魅了魔法を使うことはなかった。だが剣で刺される程、嫌われていると分かり、ならばと魔法で強引にでも自身へ振り向くよう仕向けたのだろう。
“クピドの矢の呪い”が打ち砕かれる刹那に、そんな魔法をかけるなんて!
ターニャの大バカ者!
そしてランス!
私がいるのに!
しかも飛び降りたあなたを見て、私は腰を抜かしているのに!
ターニャの名前を何度も呼び、私に目もくれないなんて……!
「団長、殿下は気絶させた方がいい。今は普通の状態じゃない。多分、ターニャに魅了魔法をかけられている」
「そのようですな。では失礼して」
マークがランスを気絶させ、そこでようやく「ターニャ、ターニャ」と叫ぶランスの声が収まった。
「サラ、まずはあの女を起こして、魔法を解除させよう」
ホークが私を抱き上げ、ターニャの所へ連れて行ってくれた。
そして一旦私を下ろすと、今度はターニャに声をかけ、目覚めさせる。
見る限りターニャはどこにも怪我はなく、ホークがきっちり受け止めたのだろう。
そこでターニャが目を覚ます。
ルビー色の瞳が私たちの顔を順番に見て、そして周囲を見てギョッとした顔になる。
「あなた達は一体!? それにあたしの城に何をしたのですか!?」
呪いが発動していた間の記憶がないようだ。
精神系に作用する魔法や呪いは、かかっている間の記憶がなくなる可能性が高い――そう書物で読んだことがある。本人の意志とは無関係に行動させるのだ。そのため、当人の自我を眠らせ、行動させる。ゆえに魔法や呪いが効力を発している時の記憶がなくなるというわけだ。
ちなみにランスの場合、老化という呪いであり、肉体に作用していた。よって記憶に影響はなかったわけだ。
困惑したターニャが魔法を詠唱しそうになったので「待ってください!」を私は叫ぶことになる。
ターニャはホークから私へ視線を移す。
すぐに私が魔女だと分かり、その瞳に警戒心が浮かぶ。
「北の魔女ターニャさん、初めまして。私はナイト・フォレストに住む魔女のサラです。あなたには“クピドの矢の呪い”を受けていましたが、ご自覚はありますか? 私は断絶魔法を使い、その呪いを打ち砕きました。ここ数か月の記憶がないと思いますが、それはすべてその呪いのせいです」
「“クピドの矢の呪い”……? あたしがそんな呪いを受けていたの!?」
「そのようです。心当たりは何かありませんか? そしてあなたがその呪いにより、執拗に追い回していたのは、私と婚約の内定が決まっている、こちらのランス・エドワード・エヴァレット殿下。エヴァレット王国の王太子です」
マークに担がれているランスを見て「えっ」とターニャは驚き、頭を抱えた。
しばし考え込んだが、ターニャは大きく息をはいて、私を見る。
「……ナイト・フォレストのサラさん、どうやらあなたの言っていることは真実のようです。あたしの最後の記憶は王宮の庭園。そこにいたはずなのにこの城に戻っていて、しかも本館のこの状態。大量の魔力の残滓も感じます。詳しい話を聞かせていただけないでしょうか」
「勿論です」
「こんな吹き曝しの場所で話すわけにはいきません。見ると一階は無事のようですので、応接室へ案内します」
そう言うとターニャは立ち上がった。
そこですかさず私はお願いする。
「詳しい話をする前に、魔法を解いてください!」
「……何のことかしら?」
「私の婚約者にあなたはさっき、魅了魔法をかけたはずです!」
これにはターニャは目を丸くし、絶句した後「それはごめんなさい……。全く覚えていないのよ。でもその魔法、解きます」と言い、マークの方へ向かう。私はなんとか力が戻って来たので、ホークに床におろしてもらい、ターニャとランスの様子を見守る。
「そうですね。確かに魅了魔法をかけたようです……。本当に申し訳ないです」
ターニャはそう言うとすぐに魔法を解除してくれた。
マークはランスを起こす。
ハッとした様子のランスはすぐに周囲を見渡し「サラ!」と今度こそ私の名を呼んで駆け寄るが……。
私は素直に喜べない。
ひとまずランスには、ターニャの“クピドの矢の呪い”が解けたことを話し、これから何が起きたのか、話し合いをすることになったと伝えた。
「そうですか。分かりました。呪いが無事解け、ターニャは正気を取り戻したということですね。それはよかったです。僕はなぜ気絶していたのか、よく覚えていないのですが、剣が“クピドの矢の呪い”を打ち砕いた時、ものすごい閃光が走りました。きっとそのせいですね」
「いやあ、殿下、それは違うけど」「ホーク」
目配せするとホークは「はい、はい」と黙る。
黙ったホークに代わり、私が口を開く。
「ランス殿下に起きた件は、おいおい話すうちに分かると思います。ひとまず建物の中に入りましょう」
お読みいただき、ありがとうございます!
ぷん、ぷん。
次回は「第95話:ベテランだと思う」です。





















































