92話:森を燃やすなんて、おしおきだわ!
「サラ、魔法を使い過ぎて、魔力切れになったのではないですか!? 突然、意識を失うなんて。ホークに聞いても、初めてのことだと言うではないですか!」
「本当に驚いたぜ、サラ。健康優良児だと思ったサラが、ふらっと意識を失うなんて。どうしたんだよ!」
ランスは今にも泣きだしそうで、もし北の魔女ターニャの呪いにまだかかっていたら、今頃ミイラ化していたところだ。さらにホークまで珍しく焦っている。
どうやら湖の精霊と会話している間、私は意識を失っていたようだ。
意識を失い、もしや魂だけが、湖の中へ向かったのかしら?
だからこそ湖の中にいたはずなのに、濡れることもなく、冷たさを感じず、息苦しくもなかった。
ともかく。
「二人とも、驚かせてごめんなさい。少し難しい魔法を思い出していたら、気絶したみたい。よく知恵熱って言うでしょう」
「ちえ熱!? 初めて聞きました。僕の勉強不足ですね……」
「ちえねつ!? なんだよ、それ! 知らないし。それよか、もう大丈夫なのか!? それにそろそろターニャをなんとかした方がいい。俺たちのこと見つけるために、周辺の森を燃やし始めたぞ」
これにはビックリ!
よく比喩で「あぶりだせ!」なんて言うけど、ターニャはそれを実践しているの!? そう思ったが確かに谷で霧が発生していると思ったが、そうではない。煙が上がり、木が燃える匂いが感じられる。
全く、ターニャはなんて自己中なのかしら!?
ダメですから。森を燃やすなんて、おしおきだわ!
私がそう思ったまさにその時。
「な、なんだあれは!?」
ホークが叫び、湖を見て、ランスと私もそちらを見上げることになる。
湖から水柱が現れたかと思ったら……。
それはうねるようにして、岸に向かった。
「「「あっ!」」」
思わず三人で叫んでしまう。
だって。
水柱は見事燃やされた森の上に「ザバーっ」という勢いで降り注いだのだ。
間違いない。
森が燃えることに気付いた湖の精霊が、鎮火させたのだわ。
「森の火事はなんとかなりそうですね。自然には、人智が及ばない不思議な力が存在しています。もしかするとそういった者たちが、森が燃えるのを良しとせず、火を消してくれたのかもしれません」
これを聞いたホークは「!」という顔になる。
これは理解したようだ。
ホークはうっすらと精霊の存在に気付いている。
私のところへやって来たものの、それが精霊の采配であるとは、本人は分かっていなかった。でも人智を超えた何かの存在は、森で生活していれば感じ取っているはず。そしてその存在が森の火災を鎮火したと、思い至ったのだろう。
一方のランスは、純粋に私の言葉を信じてくれた。
「なるほど。森で生活していたサラが言うのですから、そういう者が存在するのでしょう。森には精霊や妖精がいると聞いたことがありますし……」
ということでターニャが森を燃やそうとすれば、湖の精霊は間違いなく邪魔をするだろう。私にとって嬉しい援護射撃だ。
となれば、私たちはターニャの呪いに集中だ!
「ターニャの呪いを打ち砕く、特別な魔法を思い出しました。でもこの魔法は強力過ぎて、使用時に制約があるのです」
私が説明を始めると、ランスとホークは真剣な表情で話を聞いてくれる。
「真に愛する者と協力した時のみに使え、使用するのもこの世界の平和と秩序の回復のためです。つまり私利私欲のためには使えません。ターニャは森を燃やし、王太子であるランス殿下を苦しめています。ターニャを止めることで森とこの国の未来が守られることになります。よって禁忌ともされる魔法を行使することにします」
「分かりました、サラ。それはつまり、僕の協力が必要ということですね」
「なんだよ、俺じゃないのか!」
「ホーク!」「すみません」
そこでランスの碧眼を見て、私は伝える。
「今からランス殿下のこの剣に、その魔法をかけます。殿下は残念ながら魔力があっても人間であるため、“クピドの矢の呪い”を視認できません。ですが左胸です。心臓にその呪いが刺さっていますから、この剣で心臓を狙ってください。私が魔法をかけることで、この剣から殺傷力が一時的に失われます。代わりに呪いを破壊することだけが、できるようになるのです」
「なるほど。分かりました。ではお願いします」
そう言うとランスは腰に帯びた剣を鞘から抜き、私に渡してくれた。
久々に持つと剣に重みを感じる。
これをおじいさんランスの時に、腰につけていたなんて。
よろよろおじいさんだったが、頑張っていたのねと改めて思ってしまう。
何はともあれ、私は魔法を静かに詠唱。
詠唱し、そこで感じる。
これは……一気に魔力の半分を持っていかれた気がした。
さすが禁忌の魔法。この世界のすべての理に影響を与えるだけあるわね。
でもこれで準備は完了。
これ以上、ターニャの暴走を許すわけにはいかない。
「ランス殿下、用意ができました。注意点としては、魔法の攻撃は私で防げても、呪いは防ぐのが難しいということです。呪いは、相手に触れるか、相手の一部、例えば髪などを手に入れ、かけることになります。先程はマフラーにかけた魔法もあり、呪いをかけられずに済んでいると思います。もう一度、マフラーに魔法をかけておきますが、学習したので、マフラーには触れてこないでしょう。ですが接近した時に、くれぐれも触れられないよう、注意してください」
そう告げると、断絶魔法をかけた剣をランスに戻した。
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次回は「第93話:再び、相まみえる」です。
準備は完了。いざ、勝負!