91話:発想の転換
「ホーク、ありがとう! 黄金の矢で、よく思い出してくれたわ。ホークのおかげで私も思い出すことができた。魔法使いで“クピドの矢の呪い”を使う者がいると、本で読んだことがある。その本はかなり昔に書かれたものだけど、魔法使いも魔女と同じで長命。よって今もその魔法使いは生きていると思うの」
「クピドなら僕も知っています。本来、恋愛の神クピドは、人間の願いを叶えるために、矢を使うのですよね?」
ランスの問いに「その通りです」と頷いてから、話を続ける。
「恋愛の神であるクピドに対し、その魔法使いは、呪いとして使います。つまり好きでもない相手を好きになるように。妄信的に好きになるような呪いです」
「ってことはあのターニャに刺さっていたのが“クピドの矢の呪い”だったとしたら……。今、ダーニャがゾッコンなのは殿下だ。でもターニャは、そもそも殿下を知らなかった可能性もある。特に殿下を好きだったわけではない。ところが“クピドの矢の呪い”を受けてしまい、その直後に殿下を見かけた。その結果、ターニャは殿下を猛烈に好きになってしまった。そして追いかけ回し、現在に至っているのか?」
ホークのこの推理には、ランスが即反応した。
「そう言われると、それが正解に思えてきます。僕のそばにいるという理由だけで、次から次へと女性を石像に変えるなんて、どう考えても行き過ぎに思えます。それに僕から断られたからと言って、呪いをかけるなんて……。すべてにおいて常軌を逸しているように感じてしまいます。でもそれらの言動は“クピドの矢の呪い”によるもの――そう言われると納得できます」
そこでランスが私を見た。
「サラ。ターニャがもし本当に“クピドの矢の呪い”により、無鉄砲な言動を繰り返しているなら、このまま倒すのではなく、呪いを解くことを考えられないでしょうか」
やはりランスは優しい人だ。そんな優しいランスが私は大好きだった。そして呪いにより、ターニャが自身の意に沿わない行動をしているのなら。救いたいという気持ちに私もなっていた。
「ランス殿下。私も殿下と同じ想いです。呪いで苦しめられた殿下だからこそ、ターニャを放っておけない気持ちもあるでしょう。とはいえ、呪いは変わらず厄介です」
これはランスもホークも分かっていることなので、表情が引き締まる。
「魔女の呪いは、かけた本人が解くか、死ぬか、かけられた者が死ぬ以外、解決方法がない――これは魔法使いの呪いでも当てはまります。ですがランス殿下と私は、愛の力で呪いを克服しました。よって諦めず、ターニャにかけられた“クピドの矢の呪い”を解く方法を、模索したいと思います」
私がまさにそう言った時だ。
――「愛し子よ」
湖の精霊が私に呼び掛けた。
――「ゴーレムは全て湖の渦の中で砕け散った。二度と日の目を見ることはない。湖底のそこで永遠の眠りにつく」
ゴーレムは洗濯機の中に、巻き込まれたようなものだ。この結果にはなるべくしてなった、としか言いようがない。
――「愛し子のおかげで解放され、私たちの頭上で動き回っていたゴーレムどもも、沈めることができた。そなたの格別な働きに褒美を贈りたい。今、一番そなたが必要としているものを与えよう。私の元へおいで」
精霊に心の中で返事をすると――。
いきなり透明感のある透き通った水の中にいる。
でも呼吸は……苦しくない。
それに服も髪も自分の肌も濡れている実感はない。
さらに言うなら、冷たさも感じない。
そしてここが、あの湖の中だと分かる。
明るい水の中で、野球ボールぐらいのサイズの明かりが漂っているのが見えた。
子供の頃は、鳩ぐらいのサイズの天使として精霊が見えていたのに。
10歳を境にその姿が見えなくなってしまった。
よって輝く明かりのような姿であっても。
見えることに感動してしまう。
――「愛し子よ。呪いというのは大変強力なもの。ゆえに呪いを解くことは難しい。かけた本人が解くか、死ぬか、かけられた者が死ぬ以外ではできぬ。だが呪いを打ち砕くことは可能だ。その呪いを視認できているならば、それを壊せばいい」
これは発想の転換ともいえる。
解けない呪いを解こうとするのではなく、打ち砕く。
ぜひ知りたいと伝えると、精霊は気持ちよく教えてくれた。
――「断絶魔法という、禁忌の魔法がある。これはこの世界のすべての理に影響を与えることができる、大変強い魔法。ゆえに制約がある。この魔法を使えるのは、真に愛する者と協力した時のみ。さらに使うのはこの世界の平和と秩序の回復のためだけだ」
北の魔女ターニャの呪いにより、この世界の平和と秩序は大いに乱れた。未来の国王がこんなところまで来て戦う事態になっているのだ。よって制約の範囲に当てはまると思えた。
――「断絶魔法を物理的な武器にかける。その武器で呪いを破壊するがいい。断絶魔法がかけられた武器が、その力を発揮できるのは、呪いに対してのみ。肉体へ傷をつけることはできない。呪いを一つ破壊すると、断絶魔法は解ける。そして呪文は――」
そこで「「サラ」」という叫び声と共に意識が戻った。
お読みいただき、ありがとうございます!
“クピドの矢の呪い”を打ち砕くために、動き出す!
次回は「第92話:森を燃やすなんて、おしおきだわ!」です。