88話:絶対に上陸させない
ゴーレムは土人形。
湖に落ちれば溶けるか沈むと思った。
だが実際のところ。
湖に落ちたゴーレムは、そのまま泳ぎ、岸に向かっている。
「サラはここにいてください。僕もマーク達を手伝います」
「待ってください、ランス殿下!」
岸に向かっているゴーレムを遠ざける方法を、魔法を使い、どうにかして……。
考えるのよ、方法を。
「……大丈夫です。ゴーレムは岸に上げません!」
そこで私は叫ぶ。
「風よ。北から吹いて。南西からも吹いて。そして湖面を揺らして」
「サラ、一体何を……?」
精霊の言葉が分からないランスが首を傾げた。
一方、私の祈りにより、違う方向からの風が、湖に吹き付け始める。
同時に湖面には、不思議な波が浮かび上がり始めていた。
「あれは……スクエア型の波紋が起きています!」
「はい。別々の方向から吹く風で、離岸流を引き起こしているのです」
「離岸流……聞いたことがあります。岸ではなく、沖に向け流れる波のことですよね? 泳ぐのが得意な人が、水難事故で命を落とす事象の一つとして教わった記憶が」
さすがランス!
王太子教育ではそんなことも学ぶのね。
前世において。祖母が生まれ育った町が海辺にあり、子供の頃はよく海水浴をしていた。そこで習ったのだ。事故にあわないために、憶えておきなさいと。
「すごいぞ、サラ、岸を目指して泳いでいたゴーレムたちが、どんどん遠ざかっていくぞ!」
ホークが上空からこの様子を確認し、作戦が成功したことを教えてくれる。
「風が吹き続ける限り、潮の流れから逃れることはできません。そのまま沖合まで流され、そして――」
私は精霊の言葉で呼び掛ける。
「あなた達の愛し子は、分厚い氷を砕き、皆を解放しました。どうか聞き届けてください。あしき泥人形を沖合にとどめ、湖の奥深くに沈めてください」
――「愛し子よ。私たちはあなたに感謝しています。その願い、聞き届けましょう」
「なんだ! 湖の沖合で渦が発生したぞ。流されたゴーレムがどんどん渦に巻き込まれ、沈んでいく」
上空からのホークの報告で、作戦はうまくいったと実感する。
精霊の力で起こしている風だ。
自然界に存在する風を動かしているので、魔力の消費はない。
半永久的にこの風を吹かせることができる。
もうゴーレムは上陸できないはず。
「サラ!? 今、何と言ったのですか!?」
「これはちょっと古い言葉を使う呪文です。ですがこれでもう、ゴーレムは上陸できません」
数体のゴーレムが岸についたが、マーク達は互角に戦えている。
この数なら倒せるはず。
「マーク団長、後は任せても大丈夫ですか?」
尋ねたそばから一体のゴーレムを騎士達が倒していた。
「ええ、この数なら倒せます。サラ様の魔法のおかげです!」
「殿下、これで大丈夫です。もう一気に城まで転移しましょう」
するとランスが私をぎゅっと抱きしめた。
「こんな大技を使い、サラの魔力は大丈夫なのですか!?」
「ええ、平気です。たっぷり睡眠もとれていますし」
「くれぐれも無理はしないでくださいね」
「はい、殿下」
ゆっくりランスから離れ、ホークを呼ぶ。
「ついに城へ向かうか、サラ!」
「ええ。ゴーレムまで使役して。やる気満々みたいだけど、絶対に負けないわ」
「そうこなくっちゃ!」
ホークが肩にとまると、私は魔方陣を展開し、転移魔法を行使した。
◇
居城には、それこそ沢山の魔法が仕掛けられていると思った。
だが、そんなことはないようだ。
「なんだか拍子抜けだな。槍が降ってきても、蛙が降ってきてもおかしくないのにな」
「蛙!?」とランスが反応し、ホークがニッと笑っている。
ホークの冗談はさておき。
これは一体どいうことなのかしら?
まさにゴシック様式を思わせる、重厚な柱と長い廊下を歩いているが、誰にも合わない。
この広々とした城で、北の魔女ターニャは一人暮らしをしているのかしら?
部屋の掃除はどうしているのだろうか。
なぜこんな広々としている必要があるのか。
疑問はいろいろ浮かぶけれど。
関係のないことなので、気にするのはやめよう。
「しっかしさー。こんなに広くて、どこにいるんだよ、ターニャは?」
「ランス殿下。私はお城に詳しくないのですが、いるとしたらどこでしょうか?」
「本館と呼ばれる大きな窓を持つ建物があるはずです。防御面から見ても、守られている位置にあり、そこに大広間や執務行うための部屋、居間や寝室もあるはずです」
城の造りはある程度似ているようで、ランスはその本館と思われる建物の位置を探り当てた。アーチ型の通路を抜けると、広場に出たが、すぐ左手に石造りの立派な建物がある。
「これですね。地下はワインセラーなどがあり、一階はこまごまとした部屋があると思いますが……。人を出迎える部屋としては、大広間を使うはずです。僕たちを出迎えるつもりは……ないと思いますが、でもそこにいる可能性が高いと思います。行ってみましょう」
こうして外付けされている階段を上り、廊下を進むと、巨大な両開きの前に来た。
精巧なレリーフが彫られ、ランスではなくともここが大広間であると分かった。
「開けてみましょう」
ランスとホークが左右の扉をゆっくり押す。
すると――。
柱や壁が黄金で飾り立てられ、巨大なシャンデリアがいくつも天井からつるされていた。巨大な絵画やタペストリーも飾られ、女神像も等間隔で配置されている。
そして正面にはバラ窓のステングラスがあり、玉座があった。
そこに座るのは――。
赤髪にルビー色の瞳。ぷっくりとした唇、そしてその近くにあるほくろがセクシー。
大きな胸を包む光沢のあるシルクのドレス。腰の括れにあわせた黄金のチェーンベルト、その上に鮮血のような赤いローブを羽織っている。
間違いない。彼女こそ、北の魔女ターニャだ。
あの衣装はコタルディ。
数百年前に人気だった衣装のはず。
ということは。
見た目は若いが、相当長生きしているということだ。
魔女だから長命は当たり前。
それにしてもレヴィンウッド公爵令嬢を上回るナイスバディをしている。
……ランスはどこに不満が!?
そういう問題ではない。
「まあ、ランス殿下でしたか。この城に人間が来るなんて、数百年ぶりですのよ。それにしても同伴しているのは、出汁をとった鶏ガラみたいに貧相な女ですね。女、なのかしら? 胸があるのかどうか分からないわ」
そう言うとターニャはくすくすと笑い、次の瞬間。
「目障りな女ね。あたしの殿下に手を出しているんじゃないわよ!」
それはもういきなりだった。
ものすごい圧力で体ごと後方に吹き飛ばされ、そこにあったガラス窓を突き破り、私の体は二階からいきなり落下した。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第89話: 」です。
いきなり強制退場させられたサラは……。





















































