87話:第一線を突破、そして――
第一線までやってきた。
そこはホークが言っていた通り。
雪が積もっているが、動物や鳥の骨が確かに見え隠れしている。
これは全て無駄な殺生だ。
彼らもまた森の住人であり、たまたまこの辺りに足を踏み入れただけ。
それなのに北の魔女ターニャは、問答無用で火矢で撃ち抜くなんて。
「皆、横一列に並んで。殿下の合図で、踏み込むぞ!」
マークの声に、騎士達は「イエス、サー!」と返事をした。
「サラ、用意はいいですか?」
「大丈夫です、ランス殿下」
人数が多い。
飛来する火矢の数も多いだろう。
ゆえに魔法ではなく。
精霊の力を使う。
上空で竜巻を発生させ、すべて火矢は木端微塵にするつもりだ。
「では越えます! 一、二の三!」
「風よ、火矢の雨を一掃してください」
精霊の力は、呪文というより祈りだ。
願いを込め、自然の力をイメージでコントロールする。
「うわあ、なんだあれは!」「まさに火矢が雨のように大量に降ってくる」
まるで映画のワンシーンのようだ。
放物線を描いた沢山の火矢が、私たち目掛け、降り注ごうとしている。
でもそこに――。
「竜巻!?」「まるでドラゴンのように見えるぞ」
突如現れた竜巻に火矢は呑み込まれ、砕け散る。
「よし、第一線を突破です。次へ進みましょう!」
ランスの声に従い、皆、前進。
木々の本数が減り、その先に雪原が見え隠れしている。
広大な雪原の先には確かに北の魔女ターニャが暮らす城が見えていた。
「第二線はこの森の終わりと雪原の間です!」
私が叫ぶと、ランスもそれを復唱してくれる。
マークもホークも叫び、騎士達に伝わっていく。
森の終わりの直前で、一旦全員立ち止まる。
この第二線を超えた時。
何が起きるかは未知だった。
例え何が起きたとしても。ランスとホークと私は前に進まなければならない。
既にホークは鷹の姿になり、もしもの時の転移魔法に備えている。
ひょうおおおお。
冷たい北風が吹き抜けた。
遮るものがない雪原に、城が建つ谷間から冷たい風が吹き下ろしていた。
その風は森の中にも流れ込んできている。
「では、第二線を突破します。武器はすぐに抜けるように。魔法アイテムもすぐ発動できるようにしてください。それでは突破します。一、二、三!」
全員で一歩踏み出し、第二線を突破した瞬間。
眼前の雪原から白い雪煙が見える。
一瞬、雪崩でも起きたかと思うが、違う。
こちらへ向かってくる巨大な何かが立てている雪煙だ。
あれは――。
「ゴーレムだ! ゴーレム!」
ホークが叫びながら騎士達の上を飛ぶ。
ゴーレム!
白い雪煙の中から、その姿が見えてきた。
その大きさ、今抜けて来た森の木々くらいある。
五メートルくらいだろうか。
大きい!
しかも数が多い。
これは……人が太刀打ちできるサイズではない。
「サラ」
ランスが私を見た。
その碧眼には迷いを感じる。
この数のゴーレムを騎士達だけで相手にして勝てるわけがないと、それは一目見ただけで分かる。このまま彼らを置いて自分たちだけで移動していいのか。
そう問いかける目だった。
今のこの状況。
象の大軍を前にした蟻のような状態だ。
このままゴーレムとぶつかったら蹂躙され、踏みつぶされて多くが犠牲になる。
まさかターニャがゴーレムを使役していたなんて!
そこで感じる。
精霊の気配を。
森の中では精霊の気配は皆無だった。
あれだけ獣の骨があるような場所。
死に満ちた気配を精霊は好まない。
ということは――。
――「助けて。愛し子よ。」
――「解放して。愛し子よ。」
声は地中から?
違う。
「ランス、ごめんなさい。放っておけません」
「そう言うと思いました。どうしますか?」
「目の前に広がるのは雪原ではありません。湖です。凍り付いた湖! ターニャの魔法で季節を問わず、この状態のようです。……氷の下には湖の精霊が閉じ込められています」
これにはランスは驚き、「なんてひどいことを……」と視線を凍り付いた湖に向ける。
「精霊を閉じ込めるなんて、罪深いことです。壊します。湖の氷を壊し、ゴーレムを湖に沈めます!」
ランスにそう伝えると、すぐに祈りを唱える。
「風よ。雪よ。凍てつく湖を砕く鉄槌となり、降り注いでください」
迫りくるゴーレムの目の前に、巨大な雹が次々と空から落下する。
激風と共に落下する雹は、もはや鉄球と変わらない。
ゴン、ゴン、と大きな音を立て、凍り付いた湖に激突する。
ゴーレムはそれでも進行とするが、落ちてきた雹により、瞬殺されていく。
雪原と思われた凍った湖に、ゴーレムたちが立てる白煙とは違う雪煙が、次々と上がっていく。
「ゴーレムが一体、突破してきたぞ! 構えろ。ひるむな。足を狙えー!」
「サラ、こちらへ」
マークら騎士団が、ゴーレムを迎え撃つ。
私の祈りは続いている。
早く、早く、氷よ砕けて!
ゴン、ゴンという落下音と、マーク達の戦闘の声。
そして遂に。
バリン。
最初の崩壊と共に、湖の分厚い氷に裂け目ができ、そして遂にコバルトブルーの美しい湖の湖面が見えてきた。
あともう少し!
氷はどんどん砕け、ゴーレムの大軍は次々と湖に沈む。
バリバリバリと激しい亀裂音が繰り返され、厚い氷が次々と砕けて行った。
湖の湖面の割合がどんどん増えていく。
精霊たちも湖から姿を現わし、砕けた氷を沈めていった。
ゴーレムも次々と湖の中へ落ちている。
「これならもう大丈夫だと思いま」
そこで私は言葉を失う。
ゴーレムは土人形。
湖に落ちれば沈むと思ったがそんなことはない。
そのまま泳ぎ、こちらへ向かって来ている。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第88話:絶対に上陸させない」です。






















































