85話:北の谷(ノースバレー)
峡谷に入ると、さすがにそこは雪が残っていた。
昨晩の極寒の寒さを思い出すと、今が温かく感じるが、実際は違うだろう。
雪があると太陽光も反射され、地面が温まりにくい。
それに雪うさぎや白狐もいる。その可愛らしい姿を見ると、心がほっこりし、寒さも和らぐ気がした。何より、夜に比べあの北風がないので落ち着く。昨晩は窓を開けたら「びょう、びょう」とすごい音が聞こえそうだったから……。
そして今晩から天幕をはっての野宿になるが、そこは惜しみなく魔法を使うつもりだった。
こうして峡谷の中を進み、日没前に野営を行うための場所を見つけた。
早速、天幕を張る。
天幕の周辺一帯にドーム状で風による結界を魔法で展開した。
強い北風から天幕をガードし、獣の侵入を防ぐ。
見た目に変化はないが、結解に触れると怪我をするので、そこは皆にアナウンス。
「では夕食にしよう!」
火を囲んで出来立てのシチューに乾パンを浸して食べる。
ナッツやドライフルーツなどを食後のデザート替わりに食べて、終了。
シンプルだが美味しかった。
天幕で夜、休む時。
私はランスと一緒だ。
日中使ったマントは、そのまま寝具として活用。
毛皮と毛皮の間に体を入れ、さらにお互いの体温で温め合うことができる。
本来、熟睡などできないような場所にいたのに。
私はぐっすり眠ることができた。
こんな感じで峡谷を進むこと、三日目。
途中で馬での移動から徒歩になり、日中を中心に歩き続けた結果、ついに辿り着いた。
北の谷。
「これは……驚きました。まさかこんな場所に城が建っているなんて……。城の建設には国王の許可が必要なのに」
ランスの言葉にホークと私も同意しているが、マークや騎士団のみんなは「?」という顔をしている。そこで気が付く。どうやら普通の人間には城が見えないらしい。
「自分たちが見る限り、殿下やサラ様がさす方角には深い霧が立ち込め、何も見えませんが……」
「マーク団長。北の魔女ターニャは魔法を使い、城の存在を隠蔽しているようです。でも魔力を持つ者の目は誤魔化せない。ゆえに殿下、ホーク、そして私には見えるのです」
困惑するマークに私が事情を説明する。するとランスは……。
「どうりで最北部防衛騎士団から報告が上がらないわけですね。あの城を視認したら、絶対に報告があるはずですから」
あんな場所に城があれば、最北部防衛騎士団だけではなく、ワンカーラ帝国でも大騒ぎになっていただろう。よって目隠しをしていると思うのだけど……。
それにしてもホークだけではなく、ランスもあの城が見えていたなんて。ランスには毎晩のように魔力を供給している。その体内には、少なくとも使い魔であるホークと同じぐらいの魔力が、継続して存在していることが判明した。
そこでふと思い出す。
ターニャの呪いの塊、どうなったかしら?
私と同じで、隙間時間を使い、相殺を続けているのかな。
終わったらランスなら教えてくれるだろうし、何も言ってこないということは。
まだ完全に無効化できていないのだろう。
あの塊に込められた魔力は、相当なものなのかもしれない。呪いだけに。
「僕たち三人しか見えなくても、ターニャの居場所は分かったので、先に進みましょう」
ランスの声に、マークも「そうですね」と頷く。
三人にしか見えないが、ホークは鷹の姿となり、上空から城の様子を捉えることができる。ということでホークには鷹の姿になってもらい、斥候と先導を頼む。
「任せておけ!」
こうしてホークが上空に飛び断ち、谷間に忽然と姿を見せた城に向け、歩き出すことになる。
しばらくは問題がなかったが……。
「ホーク! 避けて! 風魔法。疾風撃退」
「キィーッ」
ホークが鋭く鳴き、落下するように降下し、そこから低空飛行でこちらへ戻ってくる。
同時に皆が「何だ!?」「火矢では!?」と叫ぶ。
「危ないところでした。何か空に仕掛けでもあるのですか!?」
ランスが私の肩に戻ったホークを見て、そして再度空を見上げながら尋ねる。
「私が自分の住処であるナイト・フォレストで一線を引き、人間が近づいたら検知できるよう魔法をかけていたように。北の魔女ターニャも、自身の居住エリアに侵入者がいると、問答無用で攻撃してくるようです。それは空であろうと、おそらく地中であろうと」
「そんな……それでは野生動物が普通に侵入しても」
「野生動物でもおかまいなしでしょう」
ホークは私の肩で怒り心頭だ。
「ひどすぎるよ! 急降下した時、いろいろ見えた。雪に埋もれていたが、新しい骨も見えていた。一線を引かれたと思われるライン上に、沢山の獣や鳥の骨が散乱している。あの火矢に射貫かれると瞬時に焼け落ち、骨だけが残るんだ。噂通りの非情な奴だな、北の魔女ターニャは!」
「ひどいと思うわ。自然の地に住んでいるなら、共存を考えるべきよ。検知して敵なら対処で、動物たちや鳥まで攻撃しなくてもいいのに……」
「サラはどうして魔法が展開されていることに気が付けたのですか? ホークは気づかなかったのですよね? 見る限り、何もないと思うのですが」
ホークを宥めていると、ランスが質問をした。
「魔力の差ですね。私は生粋の魔女なので、使い魔であるホークやランス殿下とは魔力量が格段に違います。相手が展開する魔法が強ければ肌で感じたり、見えたりするものです。今回はそれなりの範囲で展開されている魔法なので、直感で『何かある』と思いました」
「そうでしたか。……サラはそんなにも魔力が」
そこで何か考えた様子だったランスは、ホークに尋ねる。
「上空から見て、ターニャの城の周囲はどうなっていましたか?」
結局地上にいる私たちは遠く離れた場所に見えるターニャの城しか確認できていなかった。
「今、いるところと同じような森がまだしばらく続く。でもそこから雪原だ。木もない平地が続いている。そこに突如、みんなも見えていた城が現れた感じだ」
お読みいただき、ありがとうございます!
いよいよ敵の本拠地が目前!
次回は「第86話:何かがありそう」です。






















































