81話:覚えてしまった大人の●●
「僕が毎日のようにこうやって触れ、呪いの浸食を防げば……。この塊の魔力は消費され、やがて魔力がゼロになりますか?」
ランスのこの言葉は、まさに目から鱗が落ちる!
その通りだ。
そうなった時、このルビーのような塊が消えてなくなるのか、どうなるのか。
それは分からない。
でも間違いなく、それで魔力は消えるはずだ。
「そうですね。その方法で魔力は消えます。むしろ、このままでは無用の長物なので、どこかに埋めることも考えました。ですがそれではいつか掘り起こしてしまった人が、呪われてしまうかもしれません。よってランス殿下に、ターニャの呪いを無効化していただくといいかもしれないです」
「なるほどです。確かにこんなもの、災厄以外の何物でもないですから、僕が無効化します。……でもそうなると……」
そこでランスが甘い表情となり、その手が私の頬に触れる。
「毎日サラに魔力を補給していただかないと……」
不意に顔を近づけたランスが、私の耳元で、甘々でささやく。
これには意識が飛びそうになるが、歯を食いしばる。
「それは……そうするしかないです。必要なことですから」
「魔力の補給だけが目的ですか?」
ランスの息が耳にかかり、なんだかゾクゾクしてしまう。
このままでは何だか変な声を出してしまいそうだ。
「サラ……」
もうランスが何を言っているか分からない……!
「失礼します!」
マークの声に、ランスは私の頬にキスをすると「どうぞ、お入りください」と返事をする。私は深呼吸を繰り返し、気持ちを静めようと努力する。
そこにホークもひょっこり戻ってきて、当初のメンバーが揃った。
そしてマークが運んでくれた紅茶は、バレリアンティー!
気持ちを落ち着かせることで知られるハーブティーだ。
これは偶然なのか。
もしくは二人きりになり、盛り上がった私たちを鎮静化するためのチョイスなのか。
そこはもうどちらでもいい。
ひとまずこれを飲み、落ち着こう!
「殿下、一通り、お話は聞かれましたか?」
「ええ、まさかサラの愛の力で呪いが解けるとは。驚きましたが、当然と言えば当然です」
ランスはそう言うと紅茶を優雅に口に運び、微笑む。
そこに先程までの溺愛モードの余韻はどこにもない!
気持ちの切り替えが早い!
「その呪いの件ですが、本当に解けたのでしょうか? サラ様を疑うわけではありません。ただ見せていただいた呪いの魔力の塊も、自分から見ると非現実的過ぎて……」
「なんだ、マーク団長、そんな一目瞭然だろう?」
ホークがあっけらかんとした表情でマークを見る。
私が説明するつもりだったが、どうやらホークは分かっているようだ。
「殿下は、あの不気味な呪いの魔力が結晶化した塊を、激しい痛みと血を流しながら、吐き出すことになった。あまりの苦しみで気絶したけど、殿下は自分が命を落としたと思っていた。そうなれば二度とサラには会えない。深く悲しみながら、目覚めたんだ。その瞬間の絶望は……一気にミイラのような姿まで老化してもおかしくないと思う」
マークの顔がハッとしている。
その表情を見て、ホークはにやりと笑い、こう締め括る。
「でも実際、殿下はいつもの姿のままだった。つまり、北の魔女ターニャの老化の呪いは解けていたというわけ!」
「なるほど。自分は既に呪いが解けた様子を目の当たりにしていたとは! これは……迂闊でした。サラ様、申し訳ありません」
「いえ、納得いただけたなら何よりです」
私はそう言っているのに、マークは恐縮し、ランスにも頭を下げた。
ランスが「もう老化はしませんよ」と笑顔で応じることで、ようやくマークは謝罪をやめ、そして尋ねる。
「殿下、どうされますか? 呪いは解けたので、王都へ戻りますか?」
「王都にはまだ戻りません。このまま北の谷へ向かい、北の魔女ターニャは倒します」
「それは……今後を踏まえて、ですか?」
ランスはティーカップをソーサーに戻し、「そうですね」と応じた後に、こう続ける。
「予想外で呪いが解かれたことで、ターニャは僕へ再び関心を向けるはずです。そこでサラの存在を知れば、また怒り心頭になると思います。他でもない魔女と真実の愛を結んだことに。僕への怒り、サラへの嫉妬で、何か仕掛ける可能性が高いです」
ランスも私と同じ読みをしている。
でも本当に、その通りだと思う。
「さらに王都の宮殿には、ターニャにより石像に変えられた女性が沢山います。宮殿の『孤高の間』には、沢山の石像が集められているのです。女性の使用人や貴族の令嬢達。運悪く僕のそばにいたり、通りがかったり、王宮勤めだっただけで、石に変えられてしまった女性達。彼らにかけた魔法も解かせます」
なるほど。そうだった。最初の頃にランスからその話を聞いていた。
人を石像に変えるような魔法。
一体どんな魔法を使ったのだろう。
そんな魔法、生活には役立たないので、私は全く知らない。
魔法……なのかしら? まさかそれも呪いだったりするの……?
「では明日にでも出発されますか?」
「ええ。明朝、出発しましょう」
こうして今後の方針が決まり、夕食となった。
元気な姿で夕食の席にランスが登場すると、騎士達も大喜び。
ランスはあの時、自身を助けるために動いてくれた全員に感謝し、樽でビールとワインを購入。さらに豚の丸焼きを注文したので、もはや夕食から宴会に突入だった。
こうしてみんな大喜びで飲んで食べて盛り上がる。
ランスは自身がお酒を飲める年齢ではないということもあり、適度な時間で繰り上げると自室へ戻ることになった。
「サラのおかげで呪いが解けたことは、父上と母上には報告しないとね」
私ものんびり入浴したいので、ランスと一緒に食堂を退出していた。
「つまりこれから手紙を書くのですね」
「そう。でもそれが終わったらすぐに入浴するよ。そしてサラに会いに行くから」
「!」
ランスにエスコートされていた私は、嬉しくてならない。
私のことをちゃんと考えてくれていることに!
こうしてこの日の夜、ランスの書いた手紙は早馬で届けられることになるが、そこは転移魔法を使い、可能な限りでショートカット。そしてその後は……。
ランスと過ごす二人だけの時間。
覚えてしまった大人のキスは、二人で過ごす時間をより甘~い、甘~い時間に変えてくれた。
お読みいただき、ありがとうございます!
殿下は素敵なルーチンにご機嫌♪
次回は「第82話:それからの三日間」です。