80話:本音を隠して
何かを察したような表情のランスが口を開く。
「僕が死を意識し、怖かったように。サラも僕を見て驚き、悲しくなりましたよね。それでも気丈に、僕を助けようと動いてくれた……」
ランスがぐっと腕に力を込めたので、私はベッドに腰を下ろし、その状態で彼の胸の中に抱きしめられる。
「サラ、僕は何度君に助けられたでしょうか。僕がくよくよしている場合ではないですね。心配をかけてすまなかったです、サラ。そして僕を助けてくれて、本当にありがとうございます」
そう言ってランスがキスをしようとした瞬間。
私は思い出す。
ここにはホークとマークもいることを。
「で、殿下! 殿下を心配して、ホークとマークもそちらに」
「!」
この時のランスの表情。
私は何度も思い出し、笑ってしまうだろう。
もう気持ちが溢れ、私にキスをしたいと思っていただろうに!
チラリと見ると、困惑顔のマークとニヤニヤ顔のホークと目が合ったのだ。
「気を利かせてどっかに行って欲しい」が本音だろうが、心配してここにいることもすぐに理解したはず。そこは「ありがとうございます」と言うべきと分かっている。
その二つの感情がない交ぜになり、なんともトホホな表情になっていたのだから!
でもそこは冷静沈着に。
ランスはすぐに気持ちを切り替える。
「ホーク、マーク団長。驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。この通り、僕は元気です」
そう言った後、心では「ですのでサラと二人きりにしてください」と言いたいところだろうが、それは言えない。まず、一体自分の身に何が起きたのか。ポーションで回復したことは分かるが、なぜ急に血を吐く事態になったのか。誰の攻撃なのか? 毒を飲まされた? 狙われたのは自分だけか? それにさっき、北の魔女ターニャの呪いが解けたと言っていたが、それとの関連は?
知るべきことは沢山ある。サラとキスをしたいが、それは今、我慢だ――そんなことをランスは考えたに違いない。
結局、ランスが口にした言葉は――。
「一体、あの時何が起きたのか。ぜひ皆さんから説明いただきたいです」
「勿論です、殿下。ご説明しましょう。間もなく夕食の時間ですが、水分は補給された方がいいと思うので、紅茶を用意させます。その間にぜひサラ様とホークに、その時の状況を聞いてみてください」
そう言うとマークは席を立ち、飲み物の手配で動いてくれる。
すると。
「俺は殿下が目覚めたって、騎士のみんなに知らせてくるよ。騎士達も心配しているからさ」
そう言って席を立つ。
マークもホークも、ランスの「サラと二人きりになりたい」に気づいたのだろう。
とはいえ。
一旦クールダウンしてしまったのだ。
「では二人がいなくなったので」とキスを始めるのも変な話。
夕食まで三十分あった。
そこで私は何が起きたのかを手早く話すことになる。
ホークもいないので、深いキスの件を含め、全てを話すことができた。
「まさかあのキスがきっかけで……。にわかには信じがたいですが、でもサラがそう言うなら、そうなのでしょう」
そこで呪いの魔力が結晶化した、あのルビーのような塊をランスに見せた。
「これが呪いの源になっていた魔力……。なんだか暗黒のルビーという感じですね。美しいですが、持ち主を不幸にするような」
「そうですね。実際、これは呪いとしてまだ有効です。普通の人間が触れたら、呪われてしまいます」
「でも僕が触れても大丈夫と?」
そう言ってランスが手を伸ばしたが、待ったをかけてしまう。
「大丈夫だとは思うのですが、不安です。……その、殿下とはまだ正式に結ばれていません。それに先程取り込まれた魔力は、この呪いを吐き出すので使い切っている可能性もあるので……」
「では補充してからなら大丈夫でしょうか?」「えっ」
さっきはホークとマークがいたので、キスが中断されていた。
そしていざ二人きりになったが、だからと言ってキスを始める……そんな雰囲気でもない。
だがしかし。
今は自然な流れだった。そして既に今、ランスとキスをしている……!
このキスは、唇が触れ合うだけのキスとは全然違う。
心臓の鼓動がいつものキス以上に速くなるし、息遣いも荒くなる。
つまりとても興奮してしまう!
恋愛経験がお互いにないはずなのに。
こういうキスができてしまうということは。
本能に刷り込まれているものなのかしら!?
というか何かが込み上げてきて、頭が真っ白になりそうだった。
「……これだけ魔力を取り込めば、大丈夫でしょうか」
ランスの呼吸も乱れている。
「だ、大丈夫だと思います……」
というか私は力が抜けてしまい、ランスにもたれた状態だ。
そのもたれた胸からは、忙しなく動く彼の心音を感じ、さらにドキドキしてしまう。
広げたハンカチに載せた、呪いの魔力が結晶化したルビーのような塊を、ランスがゆっくり持ち上げる。
「どうですか、何か感じますか?」
「感じます。何というかこの塊に触れている指先で、炭酸がはじけているように感じます。パチパチと」
「人間であるランス殿下に、侵食しようとする呪いの魔力を、私の魔力が弾き返しているのでしょう」
そこでランスはハッとして尋ねる。
「呪いが僕の中にあった時。呪いを維持するために、ターニャは常に魔力を消費していました。でもこの状態の呪いは有限ですよね? 魔力は補給されない。つまりもし、僕が毎日のようにこうやって触れ、呪いの浸食を防げば……。この塊の魔力は消費され、やがて魔力がゼロになりますか?」
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次回は「第81話:覚えてしまった大人の●●」です。
ある甘々な手段を思いつき、ランスが私の耳元でささやく。
これには意識が飛びそうになるが、歯を食いしばる。
「それは……そうするしかないです。必要なことですから」