79話:目覚めの時
ポーションの効果で、ランスの傷は回復した。
だが強めのポーションだったので、ランスはそのまま夕ご飯の時間まで、予想通りぐっすり熟睡だった。救護室のスタッフは親切な方々だったので、そのままランスが休むことを快諾。マーク団長は休憩所に一つだけある宿をおさえ、全員の部屋を確保してくれた。
チェックインが十五時だったので、騎士達は広場で剣術の練習をしてその時間を待つ。私とホークは、マーク団長に今回の経緯を説明した。宿のロビーのソファで、紅茶を飲みながら。
勿論、呪いが解けた詳しいメカニズムは割愛。ただ昼食後、感極まってみんなの前でしたキスがきっかけで、呪いが解けたようだと話した。その結果、呪いの本体となる魔力が塊となり――つまりは結晶化して、ランスの体内から吐き出されたのだと締め括った。
「まさか北の魔女ターニャを倒さず、お二人のキスだけで呪いが解けるとは……。まさに奇跡ですね」
ホークと違い、マークは私のどこか抜けた説明にも納得してくれた。
そこでホークが余計な疑問を提起しないよう、睨みを効かせるとそこは沈黙してくれる。
そうしているうちにチェックイン時間となり、部屋に入ることができた。
トランクを部屋に運び、ローブを脱ぎ、ドレスに着替える。
ランスにプレゼントされたペールグリーンのドレスは春を先取りしたような色合いで、身頃とスカートにビジューレースが重ねられていた。
着替えを終えると……編み物!
時間がある時に編まないと!
せっせせっせと編み物をしながら、ふと思い出す。
結局、魔法の練習をしていないと。
ただ、ターニャのかけたランスの呪いは、思いがけず解くことができた。
もうターニャを倒す必要はないのかしら?
呪いには自身の魔力を使う。強い呪い程、使われる魔力は多いはずだ。
魔力が減ると、疲れがでる。
ランスに呪いをかけていたターニャは慢性的な疲労感に襲われていたはず。
でも今、そこから急に解放されたことで、ランスの呪いが解けたことに気付いているだろう。当然、驚いている。もしかするとランスの死を考えたかもしれない。
それを逆手にとり、ランスを死亡したことにして、ターニャには綺麗さっぱり彼のことを忘れてもらう……。
もしランスが無名な人ならその方法もとれた。
それこそ前世の証人保護プログラムのように、新たな身分で全く違う国で再出発もできるだろう。でもランスは王太子。それは無理なこと。
そうなると……ランスが死亡し、呪いが解除されたことにはできない。
でもターニャは、自身では呪いを解いていないし、生きているわけだ。
何が起きた?となるだろう。
何が起きたのか探り、私の存在を知れば……。
同業者である魔女に、ランスの心を奪われたとなると、かなり嫉妬されそうだ。
私への攻撃もあるだろうし、ランスに再び呪いをかけようとするかもしれない。
私へ何かするなら、そこは同じ魔女として。
売られた喧嘩は買ってやりましょう、だ。
だがランスに呪いをかけられるのは困る。
そうなるとやはりターニャは倒すしかないかしら?
これはランスに要相談ね。
そして夕方になり、ついにランスが目覚めた。
◇
そろそろ目覚めるかと思われる時間に救護室へ向かうと、心配したホークとマークもやってきた。三人でランスの眠るベッドの右側に私、左側にホークとマークが丸椅子を置いて座り、目覚めの時を待った。
「う……」
短い声と共に、ランスの瞼がゆっくりあいて、でも眩しさにすぐ目を閉じる。
「ランス殿下、目覚めてよかったです! もう、安心して大丈夫ですよ。急に血を吐くことになりましたが、ポーションを飲み、傷はすべて癒えていますから。それに北の魔女ターニャがかけた殿下の呪いも、解けています!」
私の言葉を聞いたランスは「えっ!」と、目を無理矢理開けようと頑張っていた。
同時に、上半身を起こしている。
その姿を見ているだけで、たまらなくなり、ランスを抱きしめてしまう。
「サラ! 僕は生きているのですね? ここは現実ですよね?」
「はい。殿下。ここは昼食を摂った休憩所の救護室です。殿下は騎士の皆さんにここに運ばれ、そして私がポーションを飲ませました」
「そうだったのですね。サラ、ありがとうございます。騎士の皆さんにも御礼を言わないと……。あの時、理由は分かりませんが、突然の苦しみと吐血をしたことで、僕はもうダメかと思い……。せっかくサラと気持ちが一つになったのに、まさに志半ばで逝くのかと、絶望しかありませんでした」
抱きしめているランスの体は震えていた。
呪いの魔力が結晶化し、その体から出て行くまで、相当な苦痛に襲われたのだろう。でもあれは、わずか数十秒の出来事だった。でも当事者であるランスには、果てしない苦しみだったに違いない。その激痛から解放された瞬間に意識を失ったら――。
命を落としたと思っても……。
「ランス殿下。苦しかったですよね。咄嗟に何もできず、ごめんなさい」
そう言ってぎゅっと抱きしめると、ランスの震えが収まった。
逆に私以上の強さでランスが私を抱きしめる。
「どうしてサラが謝るのですか!? サラは僕にポーションを飲ませ、助けてくれました。……あ」
そこでランスはゆっくり体を離し、涙で潤む碧眼で私を見上げる。
そして静かに口を開く。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第80話:本音を隠して」です。
……ランスがキスをしようとした瞬間。
私は思い出す。
ここにはホークとマークもいることを。
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