7話:お父さん……!
この日はリンゴを収穫しただけではなく、イノシシも捕らえることになった。
おじいさんは結局、お父さんぐらいまで若返っても、家事全般は超絶下手くそ。ただ、紅茶と夜の見回り、そして狩りについては完璧だった。
狩りだけではない。
請われて狩りに必要となる弓矢と槍、ナイフを用意して渡すと、見事にそれを扱うことができた。
剣は言うまでもない。
あの立派な剣も、きっちり使いこなすことができている。
私は武器に関して素人だ。
だが多分、その腕は一流に思えた。
つまり、おじいさんは……凄腕の盗人か、凄腕の剣士? 武器全般を扱えることから、騎士だったのかもしれない。
だった……なの?
おじいさんからお父さんに成長するなら、過去に盗人や騎士だったわけではないわよね?
いまいちこの世界の人間のメカニズムが分からない。
ただ、おじいさんは今日のイノシシだけではなく、すっかり体を動かせるようになってから、クマや鹿、雉などを捕えてくれた。
しかも捕らえた獲物をちゃんと捌ける。調理まではできないようで、焼くぐらいしかできない。それでもよく焼けた肉を塩で食べれば、それはちゃんと美味しい。
それに私は前世で料理も得意だったので、肉さえあれば魔法も駆使して、ステーキだろうが、シチューだろうが、カツレツだろうが、なんでも作れた。
ということで今日はイノシシ肉のステーキ、リンゴのパイ、キノコのスープ、豆のサラダと豪華な料理が並んだ。
普段はパン+一品料理だから、大変豪勢である。
こんな状況で、「そろそろ森から出て行って欲しい」とは言い出しにくい。それに夜、そんな話を聞かせたら、熟睡できないだろう。
今晩はとにかく美味しい料理を楽しもう、楽しんでもらおうと決めた。
決して先送りしているわけではない!
「やっぱりこの時期のイノシシ肉は、どんぐりをたっぷり食べているから旨い! 濃厚な味わいで脂もたっぷりのっている。表面はサクッといい焦げ目。中はジューシーでとろけるぜ」
鷹のホークは肉が大好物なので大喜び。
ココはシャキシャキとリンゴのパイを食べつつ、豆のサラダにも舌鼓を打っている。
両者ともに使い魔なので、野生の鷹やウサギとは、食の志向が少し違う。
「サラは本当に料理上手だな。肉も僕が焼くより、柔らかい仕上がりになっている。ちゃんと表面に焦げ目はついているのに、肉汁がぐっと閉じ込められて……とても美味しいよ」
「まあ、使った部位がロースですから、お父さん」
そこでハッとする。おじいさんも固まってしまう。
「じいさんさ、サラぐらいの娘がいるように思えるから。それにじいさんと呼ばれるより、父さんの方が若いだろう!」
ホークはそう言ってくれるが、おじいさんは寂しそうな顔をしている。
えーと、若いと言われることを、この世界の人間は嫌うのかしら……?
ともかくこんなに悲しそうな顔をしているのだ。
謝罪して元気になるような提案をしよう!
「おじいさん、ごめんなさい。呼び方が不適切で。えー、えーと、その、もうお肉が食べ終わっているなら、リンゴのパイ! まだ焼き立てですから、食べてください。二つ焼いたので、ホールごといってください!」
その瞬間、お父さん……おじいさんの顔が、ぱあぁぁぁっと輝く。
どうやらミラベルと言い、リンゴと言い、果物や甘いものがおじいさんは好きなようだ。
「ホールでパイやケーキを食べるのが、憧れでした」
それはそうでしょう。
この世界で、砂糖をたっぷり使うケーキをホールで食べるなんて、庶民には夢のまた夢だ。砂糖は王侯貴族のためのもの。
だがおじいさんは今日一日、狩りをして獲物を捌き、かなり動いている。
頑張ったのだ。
そのご褒美の意味でも、ホールのリンゴパイを食べても、罰は当たらないと思う。それにホールのリンゴパイくらい、ぺろりといけるでしょう。
案の定、綺麗に平らげ、「お腹がパンパンだ」と笑っている。
この時のおじいさんは、お父さんよりさらに若返り、六歳くらいの子供に思えた。
◇
翌朝。
「おはようございます」
リビングダイニングルームに来たおじいさんを見たココ、ホーク、私は、一斉に声をあげる。
「「「えええええっ!」」」
おじいさんは……もうお父さんでもない。
お兄さんだ!
見事なブロンドに碧眼。鼻梁が高く、顎もシャープで眉はきりっとしている。
それでいて笑うと子犬のような可愛さ。
鍛え上げられた体躯。
背筋が伸びると、スラリとして背が高い。
白シャツに黒のカーディガン、濃紺のズボンという姿だが、大変上品に見えてしまう。
「驚き過ぎですよ、サラも、ココもホークも。髭を全部剃っただけですから」
いや、断じて違うと思います。
昨晩まで三十代だったのに。
さらに成長(?)が進んだのか、今は私より……二十歳の私より、年下に思える。十代後半、とか!?
え、このまま明日には、年齢一桁とかになっちゃいます!?
完全に驚きで固まる私のところへ、おじいさん(!?)が駆け寄った。
「サラは髭があるのとないのとでは、どちらがいいと思いますか?」
なんだろう。
声もより高音になり、そして話し方も変化している。甘く優しい声音に、急激におじいさんを異性として意識してしまう。
違うわ、そうではないわ!
つい、余計なことを考えてしまうが。
髭。
髭は……この顔に髭はなくていいと思う。
肌艶もよ――。
「サラ。僕の話、聞いています?」
不意に年齢十代にしか見えないおじいさんの顔が、私の顔に近づいた。
その瞳は吸い込まれそうな碧さ。
よく見ると睫毛も長い。
それに唇は綺麗な珊瑚色で、弾力があり、柔らかそうに思える。
「!」
フッと微笑むその顔は……腰が抜けそうな程に甘い!
まるでドラマの主人公のような、そのカッコ良い笑顔に完全に魅了されそうになり、なんとか踏ん張る。
「た、卵がないんです! と、とってきていただけますか! それと髭はなくてもいいと思います!」
しどろもどろになりながら、なんとかそう言うことができた。
お読みいただき、ありがとうございます!
おじいさんから激変!
次回は「 第8話:お兄さん……!」です。
おじいさん、次はどうなるの??