75話:決戦の地を目指し
ニューイヤーのお祝いムードもすぐに収まり、日常が戻ってくる。
前世日本のように、松の内までお正月モードということはない。
一月二日には、レストランもお店も通常営業だ。
美術館や博物館も開館している。
役所や貴族が運営する商会なども通常稼働。
というわけで私たちも北の谷を目指し、出発することになる。
「サラ、寒さも厳しくなるので、馬車にしないで大丈夫ですか?」
ランスはシルバーグレーの毛皮のマントに、厚手のウールの乗馬服を着ていた。
マントは内側が毛皮になっており、外側の革には脂が塗り込まれ、水が弾く仕様になっている。明るいグレーのロングブーツで白馬に乗った姿は、もう王子様!という感じでとてもハンサム。
その上で、私を気遣ってくれることに自然と胸が高まる。
私はいつものプラム色のロングローブを着ているが、これは今の季節に合わせ、厚手になっている。襟や袖回りには毛皮をつけているので、風の侵入を防げる。それにアイリス色のワンピースも厚手のウールであり、スカートはペチコートも重ね、タイツとロングブーツも履いている。毛皮の帽子も被るし、ウールのマフラーも巻く。それに……。
「大丈夫ですよ、ランス殿下。どのみち、北の谷には馬車ではいけません。どうしても馬になります。今から慣れておかないと! 特に気温が低い早朝や夕方近い時間帯には魔法を使い、皆さんに風除け魔法もかけるので、安心してください!」
「それにな、俺がサラの“ゆたんぽ”なんだから、大丈夫だ!」
そう。ホークは鷹の姿で私の胸に寄り添って移動になる。
体温が高いホークはまさに湯たんぽ!
「その“ゆたんぽ”とは何ですか!? それにホーク、君は男性なんですよね? どうしてサラの……」
ランスは納得いかないという顔をしているが、ここでジェラシーを焼かれても困ってしまう。ランスと二人乗りできれば、温かくていいと思うのだけど。前世で見た映画やドラマと違い、現実で大人の馬の二人乗り走行は、あり得ないことだった。よってランスと二人乗り♡……はフィクションの世界での話で、無理だった。
「殿下、騎士達の準備は整いました。出発されますか?」
マークは黒の毛皮のマントに黒鹿毛に乗っているので、遠くから見ると黒騎士!という感じだ。部下の騎士達も馬の毛色こそ違うが似たような装備だった。
ちなみに私の馬は栗毛だ。
「そうですね。先導をマーク団長に頼みます」
「お任せください、殿下」
こうしてホテルを出発した。
◇
この日は風も強くなく、太陽の陽射しがたっぷり降り注ぎ、ここが北部であることを忘れそうだった。順調に馬を進め、街道沿いの休憩所で、昼食となる。
名物の豪快ステーキを皆でシェアして食べ、店主の奥様の自慢のアップルパイを食べた。満腹となり、お店を出ると、そこは広場になっている。
「ここはモミの木が多いな。俺、ちょっと一飛びしてくる!」
昼食を終えたばかりなのに、ホークはあっという間に鷹の姿になり、モミの木の森へと飛んでいく。その様子を見て、マークが目を細める。
「ホークは元気ですな。それに本当にあのように自由に飛べるなんて、羨ましい」
マークや騎士団のメンバーは、既に私が魔女であり、ホークが使い魔であることを知っていた。ただ、これは口外不要。私が魔女であることを、国王陛下夫妻は知っているが、国民へ明かすのは北の魔女ターニャを倒してからだ。
ターニャの起こした事件のせいで、この国での魔女の評判はあまり良くない。悪い魔女を良い魔女の私が倒した――という形にすれば、そのイメージも払拭されるだろうと、国王陛下が考えてくれたのだ。
という件はともかくとして。
マークは度々ホークが飛ぶ姿を、羨望の眼差しで見ている。
「マーク団長」
「なんでしょうか、サラ様」
「実は、持参している魔法アイテムに“スカイ・フェザー”という物があります。とある神話を題材に作ったのですが、履いている靴に装備すると、二十四時間、空を飛ぶことができるんです」
これは他でもない。ギリシャ神話に登場するタラリア。ヘルメスが履いていた、翼の生えた黄金のサンダルをモチーフに作った魔法アイテムだ。
「よろしければプレゼントします。ただ、慣れが必要です。よって時間がある時に、バランスのとり方などを練習するといいかもしれません」
これを聞いたマーク団長は大喜び。早速、見た目は羽ペンみたいな“スカイ・フェザー”を渡すと、履いているブーツに装着する。
「うわぁ」
いきなり前のめりで倒れそうになり「なるほど、分かりました。バランスをとる必要があるのですね」となる。「そうですね。森の中で少し練習するといいかもしれません」とアドバイスすると、嬉々として森へ向かった。
「サラ、どうしたのですか?」
レストランで支払いを済ませたランスがそばに来たので、“スカイ・フェザー”のことを話し、そこで私は思い出す。
「ランス殿下」
「何でしょうか、サラ?」
私が何を言い出すのかと、ランスの碧眼が期待でキラキラしている。
決して「今から甘えたい!」と言うわけではないのに。
こうやって可愛らしい顔をされると、たまらないわ!
「出発はあと一時間後ですよね?」
「ええ。馬も食事を摂り、休憩中ですから」
「ちょっと魔法の練習をしてもいいでしょうか?」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第76話:魔法を使えますよ」です。
【おまけ】
「殿下、そんなに俺様がサラの“ゆたんぽ”になるのが羨ましいのか!」
「!? 別に羨ましいわけではありませんよ、ホーク!」
「俺様はお見通しだぞ! 殿下も“ゆたんぽ”になりたいんだろう! それでサラにぎゅっとしてもらいたいんだろう?」
「ち、違います!」
「何だよ、殿下、想像したのか? 顔が真っ赤だぞ」
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