71話:今日こそダンスを――
「……今度こそ僕とダンス、踊っていただけますか?」
ランスが碧眼をキラキラと輝かせ、ダンスに誘ってくれた。
あの舞踏会以降、ランスはいろいろすべきこともあり、またこの街への移動もあり、慌ただしい日々を送っていた。ダンスをするような場に参加し、踊る機会はない。
つまり。
公の場でドレスアップしてダンスをする機会に恵まれたのは、実はあの舞踏会以来だった。
「えー、俺もサラと踊りたい~」
「「却下です」」
ランスと私の声が揃い、ホークは「あ~、二人して俺だけ除け者だ!」と拗ねるが、マークが「ホーク、あちらにレディが沢山います。声をかけてみましょう」と気を利かせてくれた。そこで改めて私はランスに応じる。
「ランス殿下、ぜひ私とダンスをお願いします」
「喜んで。僕の愛する婚約者殿」
私の手を持ち上げ、その甲にランスはキスをする。
そこで気が付く。
ホールに女性陣がこちらに注目していることを。
それはそうだ。
いきなり高貴なオーラ全開のランスが現れた。
興味津々だろう。
王太子であるランスが健在であることは、全国的に報じられている。
でも北の魔女ターニャを倒すため、北部に向かっているとしか知らされておらず、まさかこの街にいるとは思っていない。
ランスの正体を知ったら、この場にいる人はみんな腰を抜かしてしまうかもしれないわ。
そんなことを思いながら、曲の終わりに合わせ、ダンスフロアへ移動する。
ダンスの練習は今も週に数回続けていた。
食後のひと時や昼食後の眠気防止で。
ランスの婚約者になることは舞踏会でダンスを披露する機会が増える。これからはダンスが必須の人生になるのだ。
森の中で住んでいた時、こんな日が来るなんて思わなかったわ。
「ではサラ、準備はいい?」
「はい、殿下!」
ランスが背筋をピンと伸ばす。
彼の身長がさらに高く感じる。
肘を曲げたランスは、左手を軽く上げた。
私はその手に、自分の手をそっと乗せる。
微笑んだランスがゆるく私の手を握った。
さらにランスの右手が、ゆっくり私の背中に添えられる。
私はもう一方の手を、彼の腕に静かに重ねた。
始まりのポーズ。
この時の姿勢や表情で、この二人は息の合ったパートナーであるか、お互いを信頼出来ているか。ギャラリーは見抜くという。
その点で言えば。
ランスと私はこのような華やかな場で踊るのは初めて。
それでも強い絆で結ばれていることは確か。
「サラ、始まるよ」
「はい!」
既に通常のワルツもマスターしていた。
ウィンナーワルツより、ゆったりとしている。
ゆえにより表現力が問われた。
でも、大丈夫。
ランスは私が最大限美しく踊れるよう、リードしてくれるから!
私はそのリードに答え、笑顔を振りまく。
「サラ、素敵だよ、その笑顔」
「ありがとうございます、殿下」
夢のようだった。
こんな風にランスとダンスを踊れることが。
森の中で出会ったおじいさんが、まさかこんなに素晴らしい王子様だったなんて。
甘えん坊で寂しがり屋。
でもいざとなると執務も剣術も完璧にこなす。
まさに憧れの雲の上のような存在のランスとダンスを踊り、そして彼は私の婚約者である。
生涯引きこもりだと思っていたのに。
人生って何が起きるか分からないわ。
そこで曲が終わりに近づく。
ランスの手を持ち、軽く回転。
私は彼の腕の中に戻る。
ランスは私を抱きしめるように支え、そこで曲が終わる。
ラストでのロマンチックな演出、満足がいく出来栄えだったと思う。
ギャラリーからは拍手も起きており、ランスへの注目も集まっているので、どうやらみんな気に入ってくれたようだ。
「サラはこの後、ホークやマーク団長とダンスをしますよね?」
「それは……」
ダンスフロアの中心からはけながらランスに問われ、そうなるだろうなとは思うものの。
そうなるとランスは……。
「僕はサンルームに逃げます。終わったらそこへ来てください。一人でね」
つまりサンルームで二人きりになりたいということだ!
「分かりました、殿下」
「待っています」
ランスは私の手の甲にふわりとキスをする。
いつもならこの後、碧眼の瞳をうるうるさせるのに。
今日はアイスブルーのマントを翻すと、そのまま振り返ることなく歩き出す。
なんとなく人を寄せ付けないオーラがあり、去り行くランスに声を掛けようとする女性達がためらっている。
「なんだよ、殿下。いきなりレストルームか?」
「ホーク、変なこと言わないで。それより、ダンス、する?」
「! する、する。あ、0時になった瞬間に花火が打ち上がるってさ」
「そうなのね」
そんな会話を交わした後、ホークと共にダンスを踊った。
もう練習相手としてホークとは一から踊り続けている。
ホークのリードには慣れているし、タイミングもバッチリ!
問題なく終了。
その後はマーク団長、数名の騎士とダンスを楽しむ。
ホークが見知らぬレディとダンスをしているのを確認すると、私は移動を開始。
パーティーが行われているホールを抜け出し、サンルームを目指して、歩き出し
た。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第72話:私が守ります!」です。
二人きりのサンルームで、殿下は……。