70話:二度も僕を――
「それにしてもこの雪を見ると思い出します」
ランスは窓から外へ向け、手を伸ばす。
その手に触れた雪は、すぐに消えてしまう。
「こんな感じの雪でした。サラの家を出て、森の中を歩いている時に降って来た雪は」
ランスの言葉に心臓がドキッとしていた。
あの時の別れを思い出すと、胸が締め付けられる。
見つけることができて、本当に良かったと思う。
もしあの場所で凍死でもされたら……。
私は自分の故郷であるナイト・フォレストを捨てたかもしれない。
変な想像をして悲しくなり、涙が出そうになるので、ランスに知らせていなかった事実を伝える。
「イノシシが近くにいたんですよ」
「え」
「殿下が横たわっていた巨木の方に、イノシシが向かっていました。持っていた食料を入れたカバンを放置しましたよね。もしかしたらその匂いに気づき、近寄ってきたのかもしれません。意識を失った状態であの場所にいたら、殿下はイノシシに齧られていたかもしれませんよ」
これにはランスは驚き、「サラに見つけてもらえてよかったです」と安堵の表情になる。そしてゆっくりと窓を閉じた。
「サラ、冷えていませんか?」
ランスが私の両手を自身の両手で包み込む。
あの時と違い、とても温かい。
ホークほどではないが、ランスも普段から体を鍛えているからだろうか。
手も私より温かった。
そしてこの温もりは、何よりもランスが生きている証だ。
「サラ、どうしたのですか? 急に表情が……少し悲し気に見えます」
「殿下は敏感ですね。……あの日、雪の中、殿下を発見しました。そしてその肌に触れ、冷え切っていると分かった時。胸が張り裂けそうでした。きっとあの時には私も殿下のことが、好きだったのかもしれません」
「サラ……」
ランスは私を抱き上げ、暖炉のそばのソファへと移動する。
そのままソファに座るのかと思ったら、違う。
ソファの手前で私を下すと、大判の膝掛けを暖炉の前で広げる。
「体を温めましょう」
暖炉の前で、横並びで腰を下ろすと、ランスが私を抱き寄せる。
「サラ。二度も僕の命を助けてくれて、ありがとう。君に出会えた奇跡を主に感謝します」
そう言うと、おでこへキスをして、そして――。
優しくランスの唇が私の唇に重なった。
◇
ホテルのホールで行われるカウントダウンパーティー。
そこに出席するため、イブニングドレスに着替えた。
身頃はミッドナイトブルーで、スカートの裾の白に向け、グラデーションカラーになっている。そのグラデーションにあわせるかのように、ビジューが散りばめられ、さらに銀糸で雪の結晶が表現されていた。
髪はハーフアップにして、ランスがプレゼントしてくれたパライバトルマリンのネックレスとイヤリングを合わせる。お化粧は薄付けで、血色がよくなるよう、ルージュは少し濃い目のディープピンク。
準備を終え、部屋で待っていると、ランスとホークが迎えに来てくれた。二人の後ろにはマーク団長もいる。
マーク団長は王道の黒のテールコート姿。ホークもやはり黒のテールコートだけど、生地に光沢がある。光沢の有無だけで、同じ黒のテールコートでも大きく印象が変わった。
そしてランス。
なんて素敵なのかしら!
ランスは雪のような真っ白なテールコートを着ていた。でもタイやベストとマントはアイスブルー。そのコントラストが実に秀麗。
ブロンドの髪はいつも通りサラサラで、その髪にあわせたかのようなホワイトゴールドの宝飾品もとても似合っていた。
「サラ、今日もとっても素敵だよ。ニューイヤーイブに、女神が降臨したかのようです」
ランスが眩しそうに私を見るので、頬が緩んで仕方ない!
しかも女神、だなんて!
それを言うなら、ランスなのに。
「今日はエスコートするだけでも、緊張してしまいますね……」
「なら殿下、俺がエスコートしようか?」「ダメです」
ランスはすぐに私の手をとると「行きましょう、サラ」とことさら美麗な笑顔を浮かべて歩き出す。ホークは私の家族と理解していても、今のように“私をとられる!”と思うと全力で頑張ってくれるのがランスだった。
こうして会場に着くと、想像以上に絢爛な様子に驚いてしまう。
ホテルのホールで行われるパーティー。
裕福な平民の邸宅で行われる舞踏会とは違う。
割と簡素なものかと思ったけれど、そんなことはない!
ホールのシャンデリアは黄金があしらわれ、これだけでもかなり豪華。
しかも沢山の生花が飾られている。
今の季節が冬ということもあるが、ここは最北に近い場所。
温室を維持するだけでもお金がかかるというのに、これだけの活き活きとした花を飾ることができるとは……。
ここのホテル代はランスが出してくれている。「サラは僕の婚約者なのですよ? 一国の王太子の婚約者になったのに、ホテル代は自腹でしたなんて……僕が甲斐性のない男だと思われてしまいます。ですから僕に払わせてください」となっているが……。
一泊いくらするのか分からない。部屋自体、広々としてとても快適だった。しかも専用の浴室もあるのだから、相当な金額だと思う。
「サラ」
ランスの方を見ると、彼は碧眼を宝石のようにキラキラさせている。
これは彼にとって、心躍る提案をする時だ。
何かしら?
「今回は舞踏会ではなく、パーティーです。開始から十五分経っており、既にダンスも始まっています。……今度こそ僕とダンス、踊っていただけますか?」
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第71話:今日こそダンスを――」です。
念願のダンスの後、ランスはサラをある場所へ誘います。