69話:雪
ニューイヤーイブのカウントダウン。
ホテルを出て、時計台広場まで行くか、ホテル内のホールのカウントダウンパーティーに参加するか。それは当日の天候で決めることになった。
天候。
そう、ここは北の谷から一番近い街でもあった。
つまり国内最北端に近い地域。
よって太陽の照る日中はまだいいのだけど、夜になると極寒!
二月になると稀にオーロラさえ見えるという寒さ。
しかも年明けを境に雪がどんどん降るらしく、ニューイヤーズ・イブには高確率で雪が降るとのこと。そうなると地元っ子ではないと、外で過ごすのはなかなか厳しい。
よって雪になったら、ホテル内のホールのカウントダウンパーティーに参加しよう、となったのだ。
そして本日、ニューイヤーズ・イブの朝。
雪は降っていなかった。
でもお昼過ぎからちらほらと雪が降りだしたのだ!
雪が降りだした時。
私たちは何をしていたのか。
昼食を終え、年内の執務から解放されたランスは、私とソファに座り寛いでいた。
ランスはダークブルーのセットアップ、私はスノーホワイト色のレースたっぷりのデイ・ドレスを着ている。
そしてこの部屋は、滞在しているホテルのランスの部屋で、執務室として使われていた。ソファセットが暖炉のそばにあるが、窓の手前には本棚と巨大な執務机と椅子も置かれている。
執務。
王太子が健在と分かると、溜まっていた執務の一部が王都から遥か北にいるランスのところへ回されるようになった。でもこれは嫌がらせではない。ちゃんとランスが王太子としての役目を果たしていることを、アピールする意味合いが強い。よってランスも真面目に取り組んでいるが、執務を頑張った分だけ、私に甘えたい衝動が高まっている気がした。
だがニューイヤーズ・イブの今日は、さすがに執務はない。
ただ、もし王都にいたら、それこそ本日は忙しかったはずだ。
カウントダウン舞踏会、ニューイヤー晩餐会&舞踏会が宮殿で行われ、王太子であるランスの参加は必須。なんならランスの婚約者である私も、駆り出されただろう。
ちなみにランスと私の婚約にまつわる契約書などは、すべて準備が完了していた。
今後の流れとしては、北の魔女ターニャを倒した直後に、勅使が王都から私たちの所へやってくる。そこで私への爵位の授与が正式決定事項として、国内外に発信される。同時に私がランスの婚約者として決定したことが周知される。
現状は婚約者に内定し、準備をしているということで小出しに情報が出されている。
つまり私の詳細は語られていない。
ただ、ミステリアスでありながら、王太子を影ながら支える美しき女性――という触れ込みになっている。
一体誰が流した噂なのかしら!?
ともかく全てがターニャを倒した後に動くので、ここはきちんと殲滅しなければならない。無論、倒せないからといって、全てが覆るわけではない。爵位は授与されるし、ランスとは婚約する。それは水面下での確定事項だ。
確定事項であっても。きっちりターニャのことは倒したい。よって年が明け、人の少ない町や村に入ったら、魔法の練習もすることにしていた。私の使える魔法は、生活に役立つ魔法が多い。ちゃんと攻撃できるような魔法に、多少調整をする感じだ。
ということで執務から思考は大きく脱線したが。
昼食後、ソファで寛ぐランスは、私の肩にもたれている。
その私は何をしているかというと、魔女の綿毛にメッセージを吹き込んでいた。
ニューイヤーの挨拶をココに伝えるつもりだった。
「殿下もココにメッセージを送りますか?」
「いいのですか!?」
「ええ、ホークのメッセージは昼食前に吹き込んだので。殿下もよかったら」
するとランスは嬉しそうにココへの新年の挨拶と、私が長期不在になり申し訳ないと告げつつ、年明け早々にターニャを倒し、一度森に戻ることを伝えていた。
「では飛ばしましょう」
魔女の綿毛を手の平に載せて立ち上がると、ランスは窓を開けてくれる。
暖炉の効いた温かい室内に入り込む冷気。
吐く息が一気に白くなると思ったら。
「サラ、見てください。雪です」
ランスに言われ、目を凝らし、まるで灰が降るように静かに雪が舞っていることに気が付く。
「すごい冷え込みですね。風邪を引いたら大変です。すぐに飛ばしますね」
手の平にのせた魔女の綿毛に「ふうー」と息を吹きかけ、「風魔法。風流飛翔」と呪文を唱える。魔女の綿毛は風の流れに乗り、舞い散る雪の中を、転がるように飛んでいく。
「サラと一緒にいると、魔法が当たり前で見慣れてしまいますが、本当にマジックのようです」
「魔法とマジックは全く違いますよ、殿下」
「そうですね。失礼しました。レヴィンウッド公爵令嬢が魔法使いと信じていた男。彼が魔法だと偽ったものこそ、マジックでしたね」
そう、そうなのだ。
あの時、老化したランスを助けると言って、レヴィンウッド公爵令嬢のところからとんずらした男。彼は自称魔法使いで、その正体はペテン師。魔法など使えず、マジックで人々の目を誤魔化していた。
マーク団長に捕らえられ、怒り心頭のレヴィンウッド公爵令嬢により、訴えらえたペテン師は……。今は獄中で過ごしている。裁判が進められているが、有罪で実刑だろうと言われていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第70話:二度も僕を――」です。
あの曲を聞きながら次の第70話を♪