6話:この世界の人間の謎
晩秋。
朝晩は冷え込み、森の木々も少しずつ紅葉が始まる。そしてこの時期には沢山の実りが手に入った。
ぶどう、いちじく、栗、ヤマボウシ、マテバシイなどの果実や木の実。キノコや運が良ければ、マツタケやトリュフも見つかる。
「サラ、リンゴがある。いくつかとるか?」
こちらを振り返るのはおじいさん。
魔法で用意した白シャツに水色のセーター、そして紺色のズボンを履いている。
おじいさん……?
おじいさんは日に日に元気になり、ガリガリ時代はいつのことやら?というくらいの体躯になっていた。程よく筋肉もつき、最初会った時は腰が曲がっていたが、それが伸びた分、背も高くなったように思える。
長くしていた髪は切り、顎髭は完全に剃り、今は鼻の下の髭だけになっていた。
その姿のおじいさんは……。
初対面では、おじいちゃんだったのに。
今ではお父さんぐらいになっている。
これ、どーいうことですか!?
え、えーと?
この世界の人間って、年寄りとして生まれ、成長する=若返る……でしたっけ!?
何せ樹から生まれた魔女をやっており、人間とはほとんど会ったことがない。紅茶の茶葉とかチョコレートとか、たま~に街へ買いに行くが、それもごく短時間。
この世界の人間に、私はとにかく疎かった。
でも今は既にお父さんぐらいにしか見えないおじいさんを見るにつけ、前世の法則がこの世界には当てはまらないのかもしれない……と思うようになっていた。
「どうした、サラ。りんごを収穫できたら、パイを作りたいと言っていただろう?」
「あ、え、はい。そうですね。では収穫してください」
「分かった」
そこでおじいさんがリンゴを力任せにもぎとろうとしていることに気が付き、ストップをかけることになる。
「ツルを指でおさえ、軽く上方向にリンゴを持ち上げるようにしてひねる。そうすると簡単にとれます。力を込め、下に無理矢理引っ張ると、枝が折れます! 枝が折れると来年の収穫に影響も出ますから!」
おじいさんの手を押さえ、ゆっくり手を動かし、リンゴをとる方法を教える。
「なるほど」
「!?」
おじいさんの声が耳のすぐ近くで聞こえた。
それだけではない。その手に触れ、体も少し触れている。
お、おじいさんが近い……!
というか。
声まで変わった気がする。
今は深みのある落ち着いた声で、大人の男性、ダンディな感じがとてもしていた。
それに「おじいさん」と呼んでいるが、見た目は「お父さん」くらいで……。
現在、二十歳。
私も一応お年頃で。
おじいさんなら何も考えないのに、お父さんくらいの年代となると、なんだか異性として意識しそうになる。
「これでどうかな?」
まだ体が近い状態で、おじいさんはリンゴを上手にとり、私に見せる。
「い、いいと思いますが。ですがリンゴの上部が赤く、下が黄色っぽかったり、黄緑色っぽかったりするものは、まだ熟していません。全体が赤く色づいているものを選ぶとよいかと……」
最後の方は消えるような声になってしまう。
「分かった。ではこれかな」
腕を伸ばすことで、おじいさんの体が私の背中に完全に密着した。
む、胸板が結構しっかりしていると思う。
それに体温が高いのかな。
温もりを感じる……。
「いい感じで収穫できたな、サラ」
おじいさんがニコッと笑うと、綺麗に生えそろった歯が見える。
……最初に会った時、こんなに歯は揃っていたかしら?
髭も生えていたので、しっかり見た記憶はない。
それにこんな風に微笑むと、なんだか前世のハリウッド俳優のように思えてしまう。
ともかく。
なんだか日々若返るおじいさんに、戸惑いを覚えるようになっていた。
同時に。
ここが潮時なのでは?と思うようになる。
つまり。
もう秋は終わる。間もなく冬が始まるのだ。
冬になるとこのナイト・フォレストの森は、閉ざされる。それは精霊がギフトとしてくれた力で、私が雪を降らせるからだ。
精霊たちは、自身が前に出ようとはしなかった。
極力ひっそり生きていたい。
そこで雪を森に降らせる役割を、私に担わせたのだ。
森に雪を降らせる。
それは精霊にとっても、森にとっても、好ましいことだった。
まず雪が降ることで、空気中の塵などが地面に落ち、森の中の空気が浄化される。精霊は綺麗な空気を好むので、この浄化のために、雪を降らせていると言ってもいいくらいだった。
さらに積もった雪は、土壌の温度を保ち、凍結や乾燥から大地を守ってくれる。そして春になって解けると、雪解け水を提供してくれる。その水は地下水となり蓄えられ、森の成長に役立つ。
何より雪がこんもり積もっている期間、森には人間も近づかない。線引きエリアに老人が置き去りにされることもない。よって私も安心できた。
冬のナイト・フォレストは、閉ざされた空間の中で、静かな時を刻む。
二十年間。
私は静謐な時間をここで過ごしてきた。
おじいさんなのに、お父さんみたいに見えてしまう状況では、私の気持ちが休まらない。それに元々、冬が始まる前に、おじいさんには森から出て行ってもらおうと考えていたのだ。
だから別れを告げよう。
おじいさんに。
お読みいただき、ありがとうございます!
おじいさん、お別れですか……?
次回は「第7話:お父さん……!」です。
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『悪役令嬢です。
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全40話、第二部開始までに一気読みはいかがでしょうか!
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