68話:溺愛タイム
私は魔女なのだ。
魔法を使える。
即興で考えた雪合戦ならぬ、クッション投げ合戦も、当然勝利できると思えた。
私が勝利し、ランスが負けたら彼は部屋を出て行く。
そうなれば編み物ができる――。
そう思ったのに……!
「うんっ、殿下!」
甘える殿下に私は悶絶している状態。
どうしてこうなったのか。
私は魔法で応戦しているのに!
ランスは自身の身体能力と瞬発力で、完全勝利を収めてしまったのだ!
「サラ、僕の勝利です。何気に負けたら、僕が部屋を出て行くだなんて、ヒドイことを言ってしましたよね……。僕は夕食までこの部屋を出ないですよ」
そう言うとランスはふわふわクッションの中で埋もれる私をいとも簡単に救出して抱き上げると、そのままソファへ向かう。ソファに私を下した後は、まさに子犬がじゃれて甘えるように、ランスが私に甘えてきたのだ!
おでこ、鼻、頬、耳、首と本当に子犬のようにランスがキスをする。
くすぐったいやら、じれったいやらで、たまらない!
キスが収まったと思ったら、ぎゅうっと自身を抱きしめるよう、私にリクエストする。
「サラがマーケットに行っている間、剣術の練習をして、父上や母上に手紙も書きました。でも寂しくて、白髪が増えていたんです。ですからちゃんとぎゅっと抱きしめてください」
こうなると大きな犬を可愛がっている状態。
ぎゅっと抱きしめ、背中をよし、よしと撫でている。
満足したランスは「では僕からもお返ししますね」「え」と思った次の瞬間。
ふわりと抱き寄せられ、完全に骨抜きにされてしまう。
もはやランスの爽やかな香水の香りは、私にも移っている気がする。
ランスは寂しがり屋だと思ったけれど、溺愛タイプでもあったのね……。
というか編み物、、、!
そう思うがランスは夕食の時間ギリギリまで私に甘えている。
そんなところまで有言実行!
でも仕方ないかな。
本当は一緒にマーケットに行きたかっただろうに、お留守番をさせてしまったから。
この後は寝るまでのわずかな時間を使い、せっせせっせと編み物を続けることになった。
◇
「サラ、もう明日の夜だぞ、ニューイヤーイブのカウントダウンは。殿下へのマフラー、編めたのか?」
ランスがマーク団長たちと剣術の練習をしている早朝のこの時間。
ホークと私が二人きりでのんびり話せる時間でもあった。
森の中の生活は、基本、早起き。
畑と草花のお世話は早朝に行うことが多いからだ。
ホークも既にいつもの装いで、私はランスにプレゼントされたミモザ色のデイ・ドレスを着ている。朝早い時の着替えは魔法を使い。メイドさんの手を煩わせることはなかった。
「ううん。無理。でも頑張った方よ。殿下の溺愛の目をかいくぐり、半分は編んだのだから」
あのマーケット以降。
ランスは甘え癖がついてしまったようで、時間を見つけると私の所へ来て、溺愛タイムを始める。それは……砂糖菓子のように甘い、甘い時間で、正直、嬉しい。
だって私はランスが大好きで、ランスも私を大好きなのだ。
気持ちが通い合ったばかりということもあり、まさに密月状態。
そう。
もしマフラーを編むというすべきことがなければ、私は心からこの溺愛タイムを楽しめたのに! マフラーを編まなければ!という自分に課したプレッシャーにより、この甘い時間を心底楽しめない。
……そうでもないわね。いつもなかなか唇へのキスをしないランスが、遂にそこへ口づけると……。秒で頭の中は真っ白。何も考えられなくなってしまう。
「ということは、間に合わない、か?」
ホークと話しながらも編み物を続けているが……。
「そうね。このままで間に合わない可能性が高いわ。でもそうしたら仕方ないから魔法を頼るしかない……。本当は完璧な手編みにしたかったけれど、しょうがないわね。来年はもっと計画的に動くわ」
真剣にそう答えると、ホークはくすくす笑っている。
「もう、ホーク、そこ、笑うところじゃないでしょう!」
「いや、だってさ、殿下に頼めばよかったんじゃないの? 実はホリデーシーズンのギフトを用意するのに、時間が必要なんです、って」
「それじゃサプライズにならない……ことはないわよね。ホリデーシーズンのギフトを買いに行くから留守番を頼んでいるし、用意していることは知っている。手作りしているとは別に言わなければいいのよね。あー、ホーク、もっと早くにそのアドバイスをしてよ!」
抗議する私にホークは「はい、はい。そうやって訴えている間に手を動かして!」なんてことを言う。「むう」と言いながらも私は編み物を続ける。
「それと。これは男性側からの意見な。手作りって、上手く行くこともあれば、失敗することもある。それで失敗だったり、サラみたいに途中までしかできなかったり、そういう不測の事態になったとしても。嬉しいんだよ」
「!? どういうこと?」
「だからさ、頑張って手作りしてくれたことが、嬉しいんだよ。駄作だろうが失敗作だろうが、自分のために時間を使い奮闘してくれた。それで十分、喜べるってこと!」
そんな考え方もあるのかと、目から鱗が落ちるだった。
そしてランスだったらそういう考え方をしてくれる気もした。
だったら魔法で仕上げるのではなく、できたところまでで渡して、残りを編み終える時間をもらおうかな……。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第69話:雪」です。
雪といえば、殿下がサラの家を出て行ったあの日とあの曲を思い出す……!
【ごめんなさい】
本日、お昼更新時になろう人生で三つの指に数えられる大失態をしてしまい
心優しい読者様からご指摘してもらえました。
本当にご指摘いただいた読者様、ありがとうございます。
気が付くまで二時間程経過してしまい、本当に申し訳ないことをしました。
ごめんなさい。