65話:邪魔をしたのは……?
「ならばサラ様! 殿下を私にお譲りいただけるのかしら!?」
どこまでもブレないレヴィンウッド公爵令嬢の衝撃発言に、どう反論するかと思っていたら、ランスが応えていた。
「レヴィンウッド公爵令嬢、僕は人間です。物ではないのですよ。譲るとか、譲らないとか、そういう尺度で見ないでいただきたいです」
バッサリ切り捨てた。さらに。
「……あなたはあなたなりで頑張っていただいたことには感謝します。特に例のリストは、今後僕が政治の場で身を置くにあたり、大いに役立ちますから。卑劣な条件と引き換えに手に入れたことは、よく分かりましたが、そもそもリストを用意してくれたことには感謝していますから」
卑劣な条件。
自身とランスが一線を越えたと私に匂わすための取引だった。
「どうして、どこでわたくしは殿下への愛を間違ってしまったのでしょう。わたくしは本当にただ、殿下をお慕いしていたのに……」
遂にレヴィンウッド公爵令嬢の涙を押しとどめるダムは決壊。
再びボロボロと泣きだした。
彼女の後ろにいた侍女がハンカチを渡し、「お嬢様、お部屋へ行きますか?」と尋ねる。だがレヴィンウッド公爵令嬢は首を振り、そして――。
「結局、何だったのですか? 殿下が老人の姿から元の姿に戻れた理由は? 抱きしめれば戻ると聞いていたのに、戻らないので、寝ている殿下をいろいろな者たちに抱きしめさせたのですよ。この侍女もそうですし、ピーターソンも」
これにはランスは「えっ」と顔が青ざめている。
自身が試してだめだったからと、使用人から、「抱きしめれば戻る」に懐疑的だったピーターソン医師にまで、抱きしめさせていたなんて!
これには私もびっくりだ。思わずランス本人に尋ねてしまう。
「ランス殿下。意識を失っている状態で抱きしめたから、元の姿に戻れなかったのですか? 男性ではなく、女性に抱きしめられて回復するのは、母性を求めてだと思っていましたが……」
ランスの背中から彼を見上げ、尋ねると……。
「母性ではありませんよ、サラ。真実の愛で北の魔女ターニャを倒すことができるのです。すべては“愛の力”ですよ」
「愛の力……?」
私が小首を傾げると、レヴィンウッド公爵令嬢が、ため息とともにこう切り出す。
「サラ様は鈍い方ね。要するに抱きしめられた時、殿下が本能的に嬉しくないとダメということでしょう? 心から殿下が愛する女性に抱きしめられる。それが必要だったのでは?」
「レヴィンウッド公爵令嬢。鈍いなどと、サラに対する暴言は控えていただきたいです!」
レヴィンウッド公爵令嬢は「申し訳ございません、殿下、サラ様」と謝る。
「サラ、呪いは、かけられた者の精神力と術者である魔女の魔力と拮抗するものなのです。僕の心が弱くなっている時、魔女の呪いの影響を思いっきり受け、老人の姿になってしまいます。そして僕の心は、愛の力で強くもなり、弱くもなる。サラに抱きしめられることで、僕の心は君を想い、強くなれるのです」
「それはつまり、殿下の老化を戻すことができるのは私だけ、ということですか?」
するとランスは上半身をこちらへ向け、「サラ」と甘い声を出し、私を抱き寄せる。
「僕を悲しませ、老化させるのも、サラですよ。勿論、悲しみを引き起こすのはサラ以外もあるでしょうが、特に僕はサラから嫌われたら、すぐに老化してしまいます」
そう耳元で囁き、耳たぶに優しくキスをする。
「そういうイチャイチャは二人きりの時にお願いできませんか!」
レヴィンウッド公爵令嬢が抗議の声をあげ、ランスは私を抱き寄せたまま、しれっとこんなことを言う。
「うん……? 二人きりの寝室に、無粋にも押し入ってきたのは……誰だったのかな」
これにはレヴィンウッド公爵令嬢は何も言えない。
「ちゅ、昼食は、部屋に運ばせますわ!」
それだけ言うと、レヴィンウッド公爵令嬢は、侍女と共に退散してくれた。
◇
レヴィンウッド公爵令嬢のついた嘘は全てバレ、彼女はランスを諦めた。
王都からここまで追いかける程の執着心があったのに。
よく、諦めることができたと思ってしまうが。
ミイラみたいな老人になっていたのに。
十八歳の青年ランスに戻ったのを見て。
その姿に戻ったのは、私が彼を抱きしめたからだと理解し、レヴィンウッド公爵令嬢は諦めがついたようだ。
最終的に彼女は……。
「サラ様には敵わないと認めます。そして嘘をついたお詫びとして、このホテルの滞在料金はわたくしが持ちますわ。そしてわたくしが連れてきた騎士団、斥候は残していきます。北の魔女ターニャとの決戦でお役立てください」
そう言うと、侍女と兵、そしてピーターソン医師を連れ、レヴィンウッド公爵令嬢は王都へ戻って行った。
つまりマッチョなマーク団長は、私たちと共に旅を続け、北の魔女ターニャが暮らす北の谷へ、一緒に向かってくれることになったのだ!
相思相愛になれたランスと私。
打倒!北の魔女ですぐに出発かと思ったが、そうはならない。
まず、間もなくホリデーシーズンに入るからだ。
このまま移動し、まさに元日に魔女と対峙するのは、マーク達騎士団も「え」だろう。ニューイヤーは平和に迎え、そこからいざ勝負!の方が、皆の英気も養える。
それにマーク達騎士団の協力を得たこと、私との婚約を決めたランスは、いろいろとすることがあったのだ。それは――。
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次回は「第66話:彼の優しさ、有能さ」です。
相思相愛……♡