64話:襲い掛かる!?
私の顔は、ランスの顔に重なり――。
再びのキスに心を甘くときめかせていると。
バンッという音に、ランスも私も心臓が飛び出すぐらい驚いたと思う。
「ちょっと、何をしているの! 殿下に襲い掛かるなんて!」
襲う!?
私は素早く上体を起こし、ランスもすぐに起き上がる。
そしてベッドに腰掛けた状態となり、自身の背で私を庇うようにしてくれる。
「! 殿下、元の姿にお戻りになったのですね!」
怒鳴ったり、喜んだり、大忙しのレヴィンウッド公爵令嬢は、ベッドへ駆け寄ると私を怖い顔で睨む。
「殿下は病み上がりなのに! それを馬乗りになり、襲い掛かるなんて! これだから平民は」「レヴィンウッド公爵令嬢!」
ランスが彼女の言葉を遮る。
「君が沢山の嘘をつき、僕の最愛であるサラがこの街を去る原因を作りましたよね? 僕の婚約者に決まったなんて嘘をつき、サラのことをお払い箱だと言ったり、僕と一線を越えたようなことを匂わせたり。君の言動は公爵令嬢とは思えないです」
これにはレヴィンウッド公爵令嬢は「すべてバレた」という顔をして、黙り込んでしまったが……。
私がランスを回復させたら、全てバレることは、織り込み済みだったのでは?
バレる、ランスから嫌われると分かっても、彼を助けたいと私を呼び戻したのでは?
その点をつい、私が指摘すると。
レヴィンウッド公爵令嬢は両手を拳にして握りしめ、肩を怒らせ、震えていた。
でも彼女の怒りはそこがピークだった。
フッと全身の力を抜いた。
「急に現れた平民の女に殿下をとられるなんて! とても許せる気持ちにはなれません。私は公爵令嬢。家柄にも、容姿にも、財力にも恵まれているんです。絶対に負けない、そう思ったのに……」
怒りから悲しみへ。
彼女のヘーゼル色の瞳に涙が溢れる。
「殿下はこの女にご執心ですが、目の前から急に姿を消したら諦めてくれる。何よりこのわたくしがそばで慰めれば、逃げた女のことなど、すぐに忘れると思いましたのに! この女が護衛と共に姿を消したことを伝えたら、老人の姿になってしまい……。驚きましたわ。そんな姿に変わるぐらい、この女がいなくなったことにショックを受けるなんて!」
「レヴィンウッド公爵令嬢。最初から僕は、サラがとても大切な存在であると言っていたはずですが。それに“この女”呼ばわりするのは、やめていただきたいです。僕はサラと正式に婚約します」
「えっ!?」とレヴィンウッド公爵令嬢は固まり、唇を強く噛み締めた。
だがまたすぐに力を抜き「承知いたしました、殿下」と返事をする。
「正直。わたくしは……サラ様に敵わないと自覚しました。殿下を元に戻す方法があり、それが抱きしめればいいと知った時。喜びより、嫌悪が勝りました。老人にしか見えない殿下に抱き着くなんて!と」
「えっ、待ってください、レヴィンウッド公爵令嬢! あなたは老人になったランス殿下を見ても、好きだと言っていませんでしたか!?」
レヴィンウッド公爵令嬢は眉をくいっと上げ、私を睨み、プイっと視線を逸らし、口を開く。
「実際に見たわけでありませんでした。噂を聞いただけです。なんとなくこんな感じだろうと想像し、多分大丈夫だと思っただけですわ」
嘘をついていたんだ……。
私はそれが嘘だと思わなかった。レヴィンウッド公爵令嬢が、実はいい人なのかもしれないと思ったのに。
「我慢して抱き着くことを決意したのに。まさかの殿下から拒否されるなんて! 屈辱でしたわ。その上で、老化がさらに進み、もうミイラみたいな姿になって……。医師からはこのままでは衰弱死すると言われ、さすがに焦りましたわ。私のせいで王太子が亡くなったなんて、外聞が悪いですもの。ミイラのような意識を失った殿下に泣く泣く抱き着きましたわ。でも姿は変わらない……」
「あなたは……ランス殿下のことを、そんな風に見ていたのですか!?」
思わず私が叫ぶと、レヴィンウッド公爵令嬢は、全身をわなわなと震わせた。そして自身の胸に手を当て、叫んだ。
「ええ、そうよ。だからわたくしの負けなんです! わたくし、どんなお姿の殿下でも、愛せると思いました。ですがダメでしたわ。結局、わたくしも王宮にいた他の令嬢と変わりません。老人になった殿下をお世話することも、触れることも、ましてや愛するなんて無理だったのです!」
ああ、なるほど。
そう思う気持ちは少しあった。
私は前世で介護を経験していたから、老人のお世話をすることに抵抗感はない。
でもレヴィンウッド公爵令嬢は現在十八歳。彼女の周囲におじいさんランスぐらいの年配者は、いないのかもしれない。それにこの世界では、前世よりも結婚も出産も早いから、祖父と言われる人も若い。
「レヴィンウッド公爵令嬢、それは経験の違いというか……。そこまでご自身を責めなくてもいいと思います。だってあなたはランス殿下のために、ご自身の父親の反対を押し切り、ここまでやって来たのでしょう。そこまでする令嬢は他にはいませんよね。その決断と行動力は、殿下への愛ゆえでしょうから……」
思わずそう指摘すると、レヴィンウッド公爵令嬢は皮肉を帯びた表情で私を見る。
「ならばサラ様! 殿下を私にお譲りいただけるのかしら!?」
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次回は「第65話:邪魔をしたのは……?」です。
どこまでもブレないレヴィンウッド公爵令嬢!
どうなる!?