62話:私、見たんです
レヴィンウッド公爵令嬢が滞在するホテルから、ランスが朝帰りしたこと。
この時、ランスと彼女は一線を越えたのではないか。
それを問う私をランスは優しく抱き寄せた。
「ごめんなさい、サラ。レヴィンウッド公爵令嬢と取り引きしました」
「え、取引をして、一線を越え」「違います!」
ランスはため息をつくと、私の額に優しくキスをした……!
急激に鼓動が速くなる。
「王都では僕が忽然と姿を消したので、貴族たちが不穏な動きをしているのです。レヴィンウッド公爵は、娘を僕の婚約者にと言っていたのに、弟と婚約させる方向で動き出しました。しかも弟を一日も早く新しい王太子と認めるよう、僕の両親に働きかけているとか」
「それは以前、教えてもらいましたが、そう簡単に廃太子にできるのですか……?」
ランスは私を抱きしめるのではなく、肩に手をまわし、抱き寄せた状態で話し出す。
「この国では七年以上行方不明になると、失踪宣告が認められます。法的に死亡したとみなされる。ただしこれは一般人の場合です。王族は、行方不明である期間が長いと、国政に影響が出ます。よって三年以上行方不明なら、死亡扱いになるのです。この法律をレヴィンウッド公爵は……変えようとしているのですよ」
「そ、そうなのですか!?」
「そうなのです」と言うとランスが私の頭に自身の頬を乗せた。
ランスとの関係は「未定」なのに、まるでホークと同じくらい、スキンシップをとっている気がする……。
「僕の廃太子計画を推し進めているのは、レヴィンウッド公爵だけではありません。他にも何人もの貴族がそれに賛同している。先鋒がレヴィンウッド公爵なのです。でも彼らはレヴィンウッド公爵を隠れ蓑にして、暗躍しています。そしてレヴィンウッド公爵令嬢が、僕にとっての裏切り者になる貴族のリストを渡しても構わないと、取引を持ち掛けてきたのです」
レヴィンウッド公爵令嬢は、自身の父親までを裏切り、ランスに情報を提供しようとした。そして今日会った時のあの焦燥とした様子。
間違いない。
レヴィンウッド公爵令嬢がランスを好きであるのは……事実だろう。
「ただ、無償でそのリストを渡す気は、レヴィンウッド公爵令嬢にはなかった。『リストを渡すわ。その代わり、今日は滞在先のホテルには戻らず、明朝帰るようにしてください。そしてこの件は他言無用です』と言われたのですが……。でもまさか男女の関係を匂わせ、ウソをでっち上げ、しかもサラに話していたとは……」
なるほど。だからランスは本当のことを話せなかったんだ。
「ではレヴィンウッド公爵令嬢が私に語ったことは、嘘だったのですね!?」
「ええ。嘘です。ただ、説得はされましたよ。自分と婚約するように、とね。そしてその時、僕はサラのことを話してしまったのです。サラのことを好きであり、愛しており、彼女に気持ちを伝えるつもりであると。よってその説得には応じられないと、突っぱねました」
そうだったのね……!
でもこれで一気にいろいろと謎が解ける。
レヴィンウッド公爵令嬢の行動は、全てランスを私から奪い返すためだったのだ。
「今思えば、サラの名を不用意に出さなければ良かったと思います。おかげでレヴィンウッド公爵令嬢は、サラに対し嘘を話し、僕への好感度を下げようとした。下げただけではないですね。サラと僕の仲を引き裂いた。サラが僕の元を去ったのは、彼女のせいでしょう?」
こくりと頷いた私は、舞踏会の庭園で、レヴィンウッド公爵令嬢に言われたことを話すことになった。そして――。
「私、見たんです」
「何をですか?」
「ランス殿下がレヴィンウッド公爵令嬢に、キ、キ、キ」
これまた不意打ちだった。
ランスが顎クイをしたのだ。
「サラ、落ち着いて。僕がレヴィンウッド公爵令嬢に何かをしたと、言いたいのですか?」
落ち着く!?
だって顎クイからキスという流れがありませんでした!?
前世では動画や映画でそういうシーン、観たことがある。
その顎クイをされている状況で、落ち着く!?
さらにキ、キスに関して話すなんて。
無理!
そ、そうだわ!
「殿下がレヴィンウッド公爵令嬢に接吻しているのを見ました!」
「せっぷん!? せっぷんとは何のことですか、サラ?」
つ、通じない!?
え、えーと、それならやはり言わないとダメ……!?
「もしかして……これのこと?」
「ひっ」
顎クイをしていたはずのランスの手は、私の片頬を包み込んでいる。
軽く顔全体を持ち上げられ、かつランスの顔が近づき――。
まだ、「私も好きです!」とも「交際します!」とも言っていないのに。
い、いきなり、キス、してしまうんですか……!
でも手の甲へのキスも。
額へのキスも。
とても素敵だった。
ランスの唇は温かく、柔らか……。
あ、あれ?
いつまでたってもキスされない?
ううん?
もうされたの?
ランスの唇はエアリーで、感知できなかった!?
心臓の鼓動だけをやけに感じる。
どれだけ時間が過ぎたのかも分からない。
緊張で瞼がピクピクしている。
げ、限界。
キスが終わったのかどうかも、分からない。
でも、もう無理!
薄目を開けると……。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第63話:あまりにも愛らしくて」です。
で、殿下って見た目は優しい草食系男子ですが
実はホークと同じ肉食系男子でした!?