59話:荒唐無稽な方法を提案したのは
「おいおい、あれはじいさんというか、ミイラみたいじゃないか。本当に生きているのか!?」
ホークの言う通りだった。
ここまでヒドイ状態のランスは見たことがない。
もうおじいさんランスなんて言えるレベルではない。
「どうして、どうしてこうなったのですか?」
押し殺した低い声で、医者らしき男性に尋ねた。
彼はダークブラウンの長い髪を後ろで一本に結わき、グリーンの瞳には眼鏡をかけている。
「失礼ですが、あなたがサラ様ですか」
「はい、そうです」
「私はレヴィンウッド公爵令嬢にお仕えする医師のピーターソンです。彼女の旅に同行していました。殿下のこの急激な老化現象は、魔女による呪いと聞いていますが……」
そこでピーターソン医師は腕組みをして、大きく息を吐く。
「十八歳の健康な男性がいきなりこの姿になるのは……信じがたいことです。現状、生きているのが奇跡という状態です。なんとか水は飲ませていますが、食事を摂れていないので、このままでは衰弱死は免れることはできません」
心臓が止まりそうになる。明確に医師から「衰弱死は免れることはできません」と言われたことに。
「私がお嬢様から聞いた限りでは、サラ様とそちらの護衛のお二人が舞踏会の会場からいなくなったことを知った段階で、少し容姿に変化が出たそうです。その後、お嬢様自身が魔法使いや兵や騎士を連れており、十分に北の魔女に対抗できる旨をサラ様に話したこと。お嬢様の話を聞いたサラ様が『では私のお役目は御免ですね』と護衛を連れ、舞踏会の会場を後にしたと殿下は知ると……。一気に老人の姿になりました」
そこで気づく。
レヴィンウッド公爵令嬢はランスと私を意図的に引き離そうとしていたのではないかと。
でもそんなことをするまでもなく、二人が相思相愛であるならば、私は身を引いたのに!
ああ、そうか。
レヴィンウッド公爵令嬢は、私が魔女であることを知らない。だからランスが私に執心する理由を“色恋沙汰”と感じてしまったのでは!?
ようやく分かった気がする。
「その時点で立っているのも大変な状態でしたが、殿下は自身の滞在するホテルに戻ると言われて……。お嬢様がそれを押しとどめ、代わりに従者をホテルに向かわせると、サラ様が残した手紙が発見されました。それを持ち帰り、殿下に見せたところ、さらに老化が進み……」
ランスがホークと私を仲間だと思ってくれていたのは分かる。
でもそこまで老化が進んでしまうなんて……。
「そして本日、伝書鳩が到着し、そこで伝えられたのは、抱きしめることで老化から回復する――です。医師としてはまったく信用できない方法。私はお嬢様を止めましたが、『やってみないと分からないわ!』と言われ……。ですが今度は殿下が抵抗され、無理に抱き着こうとすると、今の姿になってしまわれました。そこで意識を失ったので、お嬢様は抱きつきましたが、殿下に変化はありません」
そこでピーターソン医師はマークを睨む。
「荒唐無稽な方法を提案したのはマーク団長、君だぞ! どう責に」「すみません!」
話の腰を折ることになるが、ここで攻められるべきはマークではなく、私だ。
「荒唐無稽と言われる方法を提案したのは私です。マーク団長は私の言葉を正確にレヴィンウッド公爵令嬢に伝えただけです」
これにはピーターソン医師が驚きでギョッとした表情になっている。
マークはなんとも言えない表情だがそこで扉がノックされ、騎士が一人入って来た。
騎士は真っ直ぐマークの元へ向かう。
私はピーターソン医師との会話を続けた。
「でもこれまではこの方法で殿下は元の姿に戻ることができていたのです。……ところで殿下はレヴィンウッド公爵令嬢が抱きしめようとするのを拒否されたようですが」
「それは……仕方ないと思います。殿下はお嬢様と距離をとられようとしていましたから」
「え、二人は相思相愛なのでは? 婚約されるのでは?」
ピーターソン医師は「違います」と首を振る。
「残念ながらお嬢様の一方的な片想いです。今回、魔法使いもいて、騎士も兵もいる。北の魔女を倒すために協力するとお嬢様は申し出ましたが、断られています。わざわざこんな場所まで追いかけて来たのに。まさにけんもほろろでした」
うううううん!?
――「最終的に殿下はここまで追いかけてきた私の献身と行動力をお認めになったのよ。私を婚約者に迎えると言ってくださいました」
これは嘘だったということ……?
なぜこんな嘘を、レヴィンウッド公爵令嬢はつく必要があったの!?
「申し訳ないです。実は逃亡した魔法使いが捕まったという一報が届きました。自分は外に出る必要があります。ピーターソン、サラ様のことを頼んでもいいですか? 彼女は無償で我々に協力してくださっているんです。くれぐれも失礼がないようにしてください」
「はい、はい、分かりましたよ」
「それでは自分はこれで失礼させていただきますが、後程」
マークが出て行き、ホークが私を見る。
「公爵令嬢には聞きたいことが増えた。殿下にも確かめたいことがあるよな。でもまずは殿下を回復させようぜ、サラ」
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次回は「第60話:その手を握りしめ」です。
呼び掛けに反応なし。
ちゃんと回復、できるかな……。