57話:迷い
「どうかサラ様、自分と一緒に主のところへ来ていただけないでしょうか。主のためではなく、殿下のために。ご同行いただけないでしょうか」
マークに問われた私は、行くべきか、行かないべきか、悩むことになる。
ランスの老化は抱きしめれば収まるものと思っていた。
だが今回、ランスはレヴィンウッド公爵令嬢から抱きしめられることを拒んでいる。その理由も分からない。ただ、意識がない状態で抱きしめたが、効果は出ていない。
意識がない状態だったから、老化は収まらなかったのか。
それとも抱きしめるだけでは、もはや心の安寧を得ることができないのか。
もしそうなら、私が行ったところで、何も変わらない気がする。
私はこの考えを、素直にマークに話すことにした。
「なるほど。呪いは、かけられた者の精神力と術者である魔女の魔力と拮抗するものなのですね。殿下は今、精神力が……心が不安定な状態にあり、呪いに負けていると。ゆえに年老いた姿になってしまっている。強靭な心を取り戻すために、抱きしめるという行動がプラスに作用するのですね。子供が母親に抱きしめられ、落ち着くように」
「はい。その通りです。よってレヴィンウッド公爵令嬢が抱きしめれば、元の姿に戻れるはずなのですが……。もしかすると意識のない状態で抱きしめても、意味がないのかもしれませんし。もしくは殿下の心が非常に不安定な状態にあり、抱きしめるだけでは足りないのかもしれません。何か別の方法を考える必要があるとも考えられます」
これにはマークも腕組みし、思案顔になってしまう。
「それにそもそもなぜ殿下が拒絶したのかも分かりません。結局のところ、不確実なことばかりで、果たして私が戻ることに意味があるのか……。多大な期待をされていますが、お応えすることはできないかもしれません」
「期待……。そうですね。応えらないかもしれない。それは確かにそうかもしれません。ただ、主が自分に命じたことはサラ様と共に戻ること。よって自分は『期待に応えられなくても、とにかく一緒に来てください』になってしまいます」
忠臣ゆえのマークの精一杯の返事だった。
「マーク団長。少しだけ、私の護衛であるホークと二人だけで話してもいいですか?」
「分かりました。主と殿下が待っているので、手短にお願いできれば」
こうして一旦、マークが席に立ち、近くにいた騎士も距離をとってくれた。
ホークと二人きりになり、私は早速話し出す。
「ホーク、どうしよう……」
「うん? 珍しく弱気だな」
「だってレヴィンウッド公爵令嬢が抱きしめてダメだったのよ? 私で助けられるか分からない。わざわざ出向いたところで役立たずで終わるかもしれない」
するとホークはぽすっと私の頭に手を載せ、「よし、よし」と言い出す。
これには「!?」となると、ホークは手を元に戻すとこんなことを言う。
「殿下はレヴィンウッド公爵令嬢を拒否した。よくやったと思うよ。この意味をサラ、よーく考えるんだ」
「それはさっきから考えているけど、分からないわ。あっ、分かったかもしれない!」
でもそれは私からすると、少し屈辱的だ。
「おっ! ようやく分かったか」
ホークは答えを聞きたそうにしているが、大声では言えない。
その耳に顔近づけ、ヒソヒソ話をする。
「バストサイズよ。レヴィンウッド公爵令嬢はバストが大きいでしょう。あれでぎゅっとされたら、もう大変よね? 十八歳。思春期。お年頃。刺激が強すぎる。体が反応してしまうかもしれない。だから拒絶したのよ」
ぽすっとホークのグーの手が、私の頭に載せられた。
さらに呆れた声で「そんなわけないだろう、サラ!」と言われてしまう。
私としては正解だと思ったのに。
「殿下はサラがいいんだよ。それはバストサイズとは関係なく。サラに抱きしめられると、殿下の心は平和を取り戻せるんだ。だから今から殿下のところへ行き、抱きしめてあげる。それは正解だと思う」
「どうして私なの?」
「それはな、俺が教えちゃダメだと思うんだ。殿下とサラの間のことだから、俺様はノータッチ。けど、サラがここで怖気づいて『私では無理だと思う』なんて言い出したら、全力で止めるよ」
これには「えっ」とホークの顔を穴があく程見つめてしまう。
すると……。
「殿下はさ、老化して、今、最弱状態だ。自分の力では、ほぼ何もできないような状況。それでも必死にレヴィンウッド公爵令嬢を拒絶した。そしてサラを求めているんだ。健気だよな。不器用だよな。殿下ってきっと恋愛経験ないぞ。俺やサラと一緒。初心なんだよ」
「ホーク、よく分からないわ。殿下が私を必要とすることと、恋愛経験の話がなんで出てくるのよ!」
「ともかくだ。まずは殿下を元に戻してやろう。殿下は今もホテルのベッドで、サラを待っているはずだ。衰弱しているならなおのこと早く戻ってあげないと」
その言葉に心臓がドキッと反応する。
そうだ、殿下は衰弱し、意識を失っているのだ。
一刻も早く助けた方がいいのに、何をごちゃごちゃ考え、迷ってしまったのだろう。
「転移魔法を使うわ。ホークは鷹の姿になって。後はマーク団長ね。連れて行けるのは。定員は2名と一羽よ」
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次回は四章:邂逅編「第58話:本当に生きているのか!?」です。
ランスとの再会、でも事態はかなり深刻で――。