56話:どうしてそんな強引に!
「一体全体、どちらへ行かれていたのですか!?」
「おっさんさ、俺たちは別に罪人じゃないんだ。それにあんたらに協力する義理はない。昼ご飯を食べに行っただけで、とやかく言われ筋合いはないと思うけどな!」
昼食を摂り、河沿いを散歩し、それから宿へ戻ると。
時刻は既にティータイムが近い。
ロビーでは仁王立ちしたマークが待ち伏せしていた。
そして今、ロビーのソファに座り、私の隣に座るホークが怒り心頭の最中だった。
「それにどうせこの町から俺たちが逃げられないよう、街道沿いにも騎士を潜ませているんだろう? 町の中をうろちょろ出来ても、町の外にはどうせ出られないんだ。逃げるわけないだろうが! それとも信頼できないか? そっちが信頼してくれなきゃ、こっちも信頼なんてできるわけがない。どうだ、おっさん!」
ホークの口調は厳しいが正論だった。
それは体面のソファに座るマークも分かっているので「ぐうっ」と唸り、黙り込む。
そして咳払いをすると。
「貴殿の言う通りだ。何の対価の保証もなく、ただ一方的に協力を求めている状況。逃げるつもりはない。その意思を尊重し、信じる。ゆえに町の中でどこに行こうと構わない……と申し上げたいところだが」
そこでマークは便箋を広げた。
「主から伝書鳩が戻って来ました」
これにはソファに身を預け、脚を組んでいたホークが姿勢を正す。
私はマークの手元の便箋をチラリと見る。
が。
暗号化されており、読めない!
「言われた方法、試されたそうです。ただ、殿下はひどく抵抗され、衰弱し、気を失った際に試されたそうで」「待ってください!」
思わずソファから立ち上がっていた。
「抵抗しているのに、無理矢理抱きしめようとしたのですか!?」
マークは眉毛を八の字にして困り顔になっている。
「……そのようです。ですが決して悪気はないはず。殿下を救いたい一心で」「でも嫌がっているのに、無理矢理だなんて、ヒドイです!」
マークはさすがに黙り込む。
「それに……衰弱し、気を失ったって……」
おじいさんランスの姿が瞼に浮かび、涙が出そうになる。
「レヴィンウッド公爵令嬢と殿下は、相思相愛なんですよね!? それなのにどうしてそんなに強引なんですか!」
我慢できずそう畳みかけると、マークはこんなことを言い出した。
「主にとっては切り札だった魔法使いが……逃げ出したんです。そのことで、追い詰められていたのだと思います。藁にも縋る思いで、サラ様の協力を求めたのかと。そして『抱きしめれば戻る』と分かったのです。なんとしても殿下を元に戻そうと頑張られ、それが強引な行動になってしまったのではないでしょうか」
レヴィンウッド公爵令嬢の非を認めつつ、それでも彼女を庇う。
このマークという騎士は忠誠心に厚いのね。
「主は殿下のことを本当に好きです。好きだからこそ、ここまでしているのです。本来王都にいるべき公爵令嬢が、この地にまで足を運んでいる。そこだけは分かってやって下さい」
「団長さん、魔法使いが逃げ出したって、何の話だ?」
マークは「ああ」と顔を手で押さえ、ため息をつく。
「本来話す必要はないことを、うっかり口にしてしまいました。他言無用で聞いていただきたいです」
ホークと顔を見合わせ、頷く。
「主がこの地に連れて来ていた魔法使い。殿下に異変が起きてすぐ、主は彼に助けを求めました。すると魔法使いは『薬草が必要になるので、今から探しに行きます』と、その時は実に協力的でしたが……」
薬草……?
魔女であろうと魔法使いであろうと、自分以外がかけた呪いを解くことはできない。呪いをかけた相手が分かっているなら、その者を倒すことでも呪いは解ける。
でも薬草が必要になるって……?
思わず首を傾げてしまう。
一方のマークは唇をきゅっと噛み、悔しそうな表情を浮かべる。そして重々しく口を開く。
「朝になっても、戻ってこない。その上、連絡も一切寄越していないのです。そこで魔法使いが泊まっていた部屋を確認すると、もぬけの殻。逃げたのだと判断されました。今、追っ手をかけています」
なぜ逃走したのか。
ランスを回復させる見込みが立たず、「使えない魔法使いめ!」と追い出されることを恐れたのだろうか? 使えない魔法使いとなれば、「これまで払った金を返せ!」となりかねない。よって先に逃走することにしたのかしら。
だが逃走した魔法使いは、追っ手もかかっているのだ。今はそいつのことはどうでもいい。
重要なのは……。
「殿下は衰弱しているということですが、どの程度なのですか!?」
「そこまではこの手紙には書かれていませんでした。ですが気を失うぐらいであれば、よほどのことと思います」
そこまで弱っているなんて……。
でもなぜランスは、レヴィンウッド公爵令嬢を拒んだのかしら?
……もしや抱きしめる程度では、心の安定を取り戻せないところまで来てしまった?
「どうかサラ様、自分と一緒に主のところへ来ていただけないでしょうか。主のためではなく、殿下のために。ご同行いただけないでしょうか」
マークが真剣な眼差しで私を見た。
お読みいただき、ありがとうございます!
強引な公爵令嬢、ランスは大丈夫!?
次回は「第57話:迷い」です。