55話:胸元にキスをして、いきなり――
「昨晩、殿下は急にその呪いの影響を強く受け――」
マークの言葉を聞き、ホークと私は顔を見合わせた。
間違いなく、老化が起きたのだろう。
でもレヴィンウッド公爵令嬢が抱きしめれば、解決なのでは?
それに魔法使いだっているのに。
あ、でも……。
ランスは突然、老化を起こした。
抱きしめてもらえば元に戻れると、レヴィンウッド公爵令嬢に伝えることができなかった……?
ならばそれを伝えたら解決だ。
「えっと、ですね。殿下のその状態、思い当たることがあります。一緒に旅をしていましたから、度々その状況になることがありました。でもそこは簡単に解決できます。レヴィンウッド公爵令嬢が、殿下を抱きしめればいいのです。そう伝えていただければ、解決します」
「え、そんなことで解決するのですか……?」
マークは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう。
確かにそんな方法で、と思うが、それが事実。
「解決方法をご教示いただけたのは、とても助かります。ですが主はサラ様を連れ戻すようにと言っているので、一緒にご足労願えないでしょうか」
そう言われても、正直困ってしまう。
解決方法は分かっているのだから、それを試してもらい、それがダメなら出向くことを検討してもいいが――。
出向く必要があるのかしら?
だってランスの老化をどうするかは、もはや私に関係のないことだ。
レヴィンウッド公爵令嬢とランスの問題。
今更頼られても困る。
だが、マークはかなり真面目に思えた。
主が私を連れ帰れと言っているなら、絶対にその命令に従う。
ならば……。
「伝書鳩を連れていますよね?」
「はい」
「ではまず、私が今お伝えした方法を、レヴィンウッド公爵令嬢に伝言してください。その方法を試し、解決すれば、私は不要だと思うのです」
私の提案にマークは腕組みをして、しばし考え、そして口を開く。
「なるほど。解決方法については自分もいち早く主に伝えたい気持ちがあります。伝書鳩は飛ばしましょう。……では主からの返事を携えた伝書鳩が戻るまで、この町に滞在いただけますか? 宿の延泊料金は自分が払いますので」
そうなると思ったが、仕方ない。
宿のチェックアウトは十時であり、その時間は迫っていた。
「分かりました。では連絡を取ってみてください」
これで一旦、話し合いがつき、マークは早速部下に指示を出し動き出す。
ホークと私はマークの部下の延泊手続きが終わると、部屋へ戻った。
一室しか空き部屋はないということだが、延泊できたのはラッキーなのか、アンラッキーなのか。
「なんか森へ帰れると思ったら、こんな風に呼び止められるなんてな」
「そうね。……参ったわ。昨晩、ココに近々帰ることができるわって“魔女の綿毛”も飛ばしたのに」
魔女の綿毛は、タンポポでおなじみのあの丸い綿毛のこと。
丸い綿毛に魔法を使い、メッセージを吹き込み、風に飛ばす。
半分魔力、半分自然の風で飛んでくれるため、魔力の消費が少なくて済む。
「ココ、俺たちが帰るって分かったら、張り切ってご馳走を用意すると思うぞ」
「殿下の老化を回復させる方法を知らなかっただけで、レヴィンウッド公爵令嬢が抱きしめれば、すぐに解決するわ。それよりもせっかく時間ができたから、町を散策してみる? 観光地ではないけれど、ちょっとしたお店はあるだろうから」
「! いいね。食べ歩きでもしようぜ」
驚いたのは、外に出ようとしたら、騎士が現れたこと。
マークの指示で、見張りについているようだ。
しかも町の散策に向かうと、彼らが後をついて来る
「サラ、うざいと思わないか、後ろから来る騎士の奴ら」
「確かに。逃亡なんてしないから、信じて欲しいのだけど」
「俺、いい方法思いついた」
そう言ってホークが耳打ちするその方法は……。
「え、無理よ。例え演技でもそんなことされたら、爆笑しちゃうと思う。ダメよ」
「そんなこと言うなよ。俺、結構いい男だろう?」
「でも……」
ホークが後をつける騎士を撒く方法として提案したのは、私と熱烈な抱擁をしているふりをする!だった。そんなことを目の前でされたら、咄嗟に目を逸らす。その瞬間に転移魔法で、少し離れた場所へ転移するというのだ。
「マークの生真面目さに輪をかけたように、後からついて来る騎士も、くそ真面目! これぐらいしないと、目は逸らさないぞ、絶対に!」
「うーん、仕方ないわね。絶対に笑いそうだけど、試してみる?」
こうしてホークは酒場の横の細い路地に入り込むと、そこに置かれた大きなワイン樽の上に、いきなり私を抱き上げてのせた。そしてアンダーバストの辺りに手をあて、私の着ているローブをはだけさせる。
これにはビックリなのと、ホーク!?と軽くパニックになりそうだ。
だがホークは胸元にキスをし、なんと着ている私のワンピースの裾を大きくたくし上げた。
いきなり太ももが露わになり、つい「ホーク!」と叫びそうになる。
この世界で脚をさらす=裸体をさらすとイコールであることくらい、私でも知っていた。
騎士だったら間違いなく、目を逸らす!
「サラ、今だ!」「!」
転移魔法で、町を流れる大きな河の近くに出ることができた。
ベンチもあり、老人が座っておしゃべりをしている、牧歌的な場所だ。
「大成功だっただろう、サラ!」
「まあ、そうだけど……」
これまで異性としてホークを意識したことがなかったのに。
あんな風に触れられると、変な気分だわ。
「あ、サラ、俺に惚れた?」「まさか」
腰を抱き寄せようとするホークの手をぴしゃりと叩く。
するとホークは「ちぇ~」と子供のように拗ねるが、すぐに金色の瞳を輝かせる。
「見ろよ、あそこにスタンドショップがある。ランチ、調達しよう!」
お読みいただき、ありがとうございます!
ホークとの逃亡劇。その後に待つのは……。
次回は「第56話:どうしてそんな強引に!」です。