54話:目的は?
部屋の外、廊下から人の話し声が聞こえると思ったら、いきなり扉をノックされた。
何事かしら!?
そう思いながら、扉を細く開けたつもりだが、勢いよく引っ張られ、私はつんのめりそうになる。
「おっと、危ない」と私の両肩をいとも簡単に支えてくれたのは……。
茶髪短髪、琥珀色の瞳。ゴリマッチョリーダー騎士だ!
どう見ても知り合いではない。
それなのにどうして私の部屋を尋ねてきたの!?
そう思っていたら「お客様……」と町宿の主人、好々爺が申し訳なさそうな顔をしている。
「実はこちらの騎士がお探しになっている人物とお客様の特徴が一致しておりまして……。乱暴なことはしないそうです。ひとまず話をしたいということで……」
なるほど。
……もしやランスの追っ手、かしら?
でもランスは剣と自分自身のみで旅をしていたはずだ。
騎士なんて連れてい……あ、そういうこと。
ゴリマッチョリーダー騎士が着ているサーコートの紋章を見て納得する。
これはきっとレヴィンウッド公爵家のものね。
つまり、レヴィンウッド公爵令嬢が率いたという騎士だ。
でもなぜ彼女の騎士が私のところへ……?
その答えは、目の前にいるゴリマッチョリーダー騎士から聞き出すしかないだろう。
「あなたはサラ様ですね? 主から聞いている特徴と髪、瞳の色、体型、同行者が一致しています。朝早くから恐縮ですが、お話を聞かせていただけないでしょうか」
重低音で何とも言えない圧がある。
「ノー」とは答えにくい。
いや、私も知りたいことがあるのだ。
ここは「イエス」で話を進めよう。
「分かりました。ではどうぞ」
部屋に入るよう促すと「いえ」とゴリマッチョリーダー騎士は首を振る。
「自分はマーク・ドイル、ドイル男爵家の次男であり、レヴィンウッド公爵家に仕えている騎士です。レヴィンウッド騎士団の団長を務めています。現状、同行者の男性は室内にいませんよね?」
「え、あ、はい。馬小屋にいます」
「そうでしたか。サラ様は未婚とお聞きしています。未婚女性と部屋で二人きりになるわけにはいきません。一階のロビーまで同行いただけますか?」
マークの紳士的な対応には「おおお、さすが騎士!」と思ってしまう。
同時に。
主であるレヴィンウッド公爵令嬢は、信頼できるとは思わないが、彼なら信用できるかもしれない。そんな風に思いながら、「分かりました」と返事をした。
「では、お願いします」
荷物はそのままにして、マークと宿の主人との三人で、一階のロビーへと移動した。
一階に着くと、窓際にソファとテーブルが並べられ、そこには数名の騎士の姿が見える。
「こちらへお座りください」
丁寧にエスコートされ、ソファに座ると、マークが宿の主人に目配せする。宿の主人である好々爺は、マーク、私と順番に恭しく頭を下げると、フロントへと戻って行く。
「さて。本日ここへ来たのは、主であるレヴィンウッド公爵令嬢から、サラ様、あなたを探すよう、申し付けられたためです」
「そうでしたか。なぜ、私を?」
「詳しい理由は存じ上げていません。ですがランス・エドワード・エヴァレット王太子殿下を救えるのは、サラ様、あなたしかいないと」
そこへ宿の主人が戻って来た。「よろしければどうぞ」と紅茶を出してくれる。
「ありがとうございます。ご主人」
マークは気持ちよく御礼の言葉を口にする。
騎士と会話をするのは、これが初めてだった。
みんなこんな風に礼儀正しいのかしら?
それともマークだからか。
とてもあの高飛車公爵令嬢に仕えているとは思えない。
私も御礼の言葉を伝えると、宿の主人は笑顔になる。
すると――。
「サラ!」
ホークがこちらへと駆けてきた。
その後ろを慌てた様子で二人の騎士が追っている。
「聞いたよ。あの性悪公爵令嬢の追っ手なんだろう!? 俺が追い払うよ!」
「待って、ホーク! 話を聞かないと。一緒にここへ座って、話を聞いて頂戴」
「!? 話を聞く義理があるか!?」
ホークの金色の瞳は完全に警戒心剥き出しの状態だ。
「ホーク、落ち着いて。もし何か悪さをするために追ってきたのなら、私はこんな風に紅茶を出してもらい、ソファに座ってはいないわ。それに、ね」
ウィンクすると、ホークは「仕方ないな」という表情になった。
私は魔女なのだから。
例え屈強な騎士が相手でも、何かされる前に魔法の詠唱の一つぐらいはできる。
なんとかホークをソファに座らせ、宿の主人が彼の分の紅茶も出してくれたところで、ようやく話を聞ける状態になった。
「それでマーク団長。殿下を救えるのは私しかいない、ということですが、それはどういうことでしょうか?」
「殿下はご存知の通り、北の魔女ターニャから呪いを受けています。一時的に元のお姿に戻れる手段を見つけられたようですが……。昨晩、殿下は急にその呪いの影響を強く受け、ベッドからも起き上がれない状態。この殿下の窮状を助けられるのはサラ様しかいないということで、夜通し馬を走らせ、ここまでやってきた次第です」
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ランスが呪いに倒れた!?
次回は「55話:胸元にキスをして、いきなり――」です。