53話:笑顔でいて欲しい
とても温かく、守られている感じがした。
このポカポカした心地の良さ。
それは……一つベッドの中、ランスの胸の中に抱きしめられた時のことを思い出させる。
そこで本当に自分が腕枕され、抱き寄せられていることに気付き、思いっきり目を見開くことになる。
見えるのは引き締まり、日焼けした胸板。
えっ、これは……。
「ホークっ! ううっ」
「サラ、なんなんだよ、起き抜けにその大声。静かにしろって」
ホークは素早く私の口を自身の手で押さえた。
「叫ばない、怒鳴らない、オーケー?」
「ふぐふぐっ(わかったわよ!)」
「うわっ、絶対叫びそう。でもまあ、口を押さえていたら、話せないからな。叫ぶなよ、隣人が可哀想だからな」
頭を何度も振り、頷くと、ようやくホークは私の口から手を離した。
「ホーク、これは一体、どういうことなのかしら?」
叫ばない代わりに押し殺した声を出した結果。
「サラ、すごい低音の声だな。凄みがあり過ぎ」
「もういいわ、まず、寝間着を着て!」
「うん……? あ、ああ、これな」
上体を起こしたホークは、そのまま、トンとベッドから降りる。
ズボンしかはいていない。
その贅肉のない筋肉を感じさせる上半身が、はっきり見えてしまう。
さすが“全身が筋肉で出来ている”と評される鷹が、人の姿をとっただけある。
特に大胸筋が発達していると思う。
普段着ている黒シャツを着ると、ホークは「昨晩さ」と話し出す。
そしてカーテンを開けながら話を続ける。
「サラ、泣きながらそのまま寝ちゃったんだよ。俺もさ、サラを抱き寄せていたからそのまま二人してぐっすり。でも俺の脳は半分起きているから、ふと目覚めて。それでサラが着ていたガウンは脱がせ、ベッドで寝かせた」
まあ、そんなことだろうと思った。
私の記憶でもホークに抱き寄せられ、泣いたことを覚えているから……。
「でもさ、俺と抱き合っていたとはいえ、掛布団を掛けていなかっただろう。手足とか冷えていたから、温めるため、一緒にベッドに潜り込んだんだよ。そうしたら今度はぽかぽかになり過ぎて、俺には暑いぐらい。だから俺は寝間着を脱いで再び眠った、というわけだ」
そう言うとカラフの水をグラスに注ぎ、ホークが渡してくれた。
「ありがとう、ホーク。お水も。ちゃんと寝かせてくれたことも。温かくしてくれたことも。なんだか心配かけたわね」
「いいって、いいって。サラと俺は一心同体みたいなもんだ。サラが悲しいと、俺も悲しくなるからな。サラには笑顔でいて欲しい」
ぽすっと頭に乗せられた手が優しくて、なんだかまた泣きそうになる。
でも子供ではないのだ。
昨晩たっぷり泣いたのだから、今は気持ちを切り替えよう。
「じゃあ、朝食を摂ったら、出発しましょう。次の町を目指して、ある程度の距離になったら、一気に転移魔法で森へ帰りましょう」
「そうだよ、そうしよう」
こうして起き上がると、身支度を整える。
アイリス色のワンピース。プラム色のロングローブ。
いつもの装い、いつもの私。
ホークと森の外へ出て、ちょっと冒険してみた。
旅をしてみたのだ。
ドレスを着てみたり、ダンスをしてみたり。
温泉に入ってみたり、飲んでみたり。
いろいろなことを体験できた。
楽しかった。
そう楽しかったのだ。それでいい。
「一階の食堂へ行こうぜ」
「そうね」
町宿の食堂は、街のホテルとは違い、実にシンプルだ。
豆のスープと黒パン、チーズひとかけら、リンゴ。
でも、森での生活でも朝食はこんな感じだ。
あのホテルがゴージャス過ぎた。
何もかもが。
「ふーっ、食った、食った。この黒パンは腹に溜まるよな」
「そうね。豆のスープとの相性も良かったわ」
「俺さ、貸し馬の交渉してくるよ」
「え、大丈夫?」
「任せとけって! アニマルテレパシーで交流できるから!」
「何よ、アニマルテレパシーって!」
そんな会話の後、ホークは宿に併設されている馬小屋へ向かう。
旅に欠かせない馬を扱う馬小屋は、宿屋のそばにあることが多かった。
部屋に戻った私は荷造りを行う。
と言ってもトランクの中身の出し入れは、ほとんどしていない。
最初から荷物は少なかった。
すると。
チュイ、チュイという鳴き声が聞こえた。
顔を上げると、空気の入れ替えで開けていた突き出し窓の桟に、アオゲラが止まっている。
頭と背中の一部が青く、お腹の辺りは淡いクリーム色。
前世のスズメのような、小さくて可愛らしい鳥だ。
街中でよく見かけ、人馴れしていることも多く、近づいても逃げることがない。
「おはよう」
精霊の言葉で声をかけると、アオゲラは「!」と顔をこちらへ向けた。
そこからは嬉しそうにチュイ、チュイと鳴き、仲間のアオゲラも飛んで来る。
手の平サイズのアオゲラが何羽も並んでいると、とても可愛らしい。
その様子を眺めていると、その背後に見える時計塔広場に向かってくる、複数の馬の姿が見える。馬に乗るのは紋章のついたサーコートを着た騎士だ。全部で二十人ぐらいだろうか。
リーダー格の騎士は、前世で言うならゴリマッチョ。
まさに筋骨隆々としている。
あれならグレートソード(大剣)でさえ、片手で軽々と持つことができそうだ。
彼の指示で馬から降りた騎士たちは、町の中へ散っていく。
残されたゴリマッチョリーダーと数名の騎士は馬を集め、休憩所へ移動している。
町の公共の井戸の近くには、馬を休めるための休憩所が設けられていた。
人探しでもしているのかしら?
一瞬、そう思ったが。
その探している人物が私であるとは……この時の私は全く気が付いていなかった。
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次回は「第54話:目的は?」です。
謎の騎士の目的とは!?