52話:まさかこうなるとは
なんてことだろう!
せっかくサラとダンスができる、そう思ったのに!
まさかサラ以外のレディにより、阻まれることになるとは思わなかった。
しかもサラは僕に対し、真実の愛を育む女性を見つけるべし!と思っているのだ。ゆえに大勢のレディに囲まれたと分かると、こちらへ歩み寄ってきていたのに……。
くるりと背を向け、遠ざかってしまう。
この時、レディ達をかき分け、追いかけたい衝動に駆られていた。
だが王太子教育において、それは不作法である。
できない。
心の中で泣きながら、笑顔でレディ達に応じている。
しかも次々とダンスを!と請う声に答え、見知らぬレディ達と次々に踊ることになった。
僕が王太子と分かっていたら、こうはならないだろう。
今回招待された舞踏会は、裕福な平民のマダムが主催者だ。
招待客の多くが貴族に憧れる平民たち。
いきなり王太子とダンスをしたいとは、言い出しにくいはず。
でも身分を隠している今、忖度などしてもらえない。
容赦なく「踊りましょう、踊りましょう」と声をかけられる。
チラリとホールに目をやると、サラだけではなく、ホークの姿もない。
完全に「社交はお任せしました。良き相手が見つかるといいですね」と二人から言われている気分だった。
◇
何人のレディとダンスをしただろうか?
もう数えることが不可能になっている。
これが宮殿で開催される舞踏会だったら。
さすがに侍従長なり護衛騎士が気遣い、ストップが入るはずだ。
でもここに僕をフォローし、サポートしてくれる人はいない。
僕自身が「今日のところはこの辺で」と切り上げるしかなかった。
次のレディで終わりにしよう。
そう思うものの。
期待を込めた目で見られると、言い出しにくい……。
そんな困り切った状態になっていた時。
「ちょっと!」
聞き覚えのある声がする。
僕を取り巻くレディ達が一斉に声の方を振り返る。
目にも鮮やかな真紅のドレス、茶髪の縦ロールに少し釣り目のヘーゼル色の瞳。
公爵令嬢マチルダ・アン・レヴィンウッドだ。
「あなた達、わたくしが誰か分かるかしら?」
問いかけられても皆、「分からない」という顔をしていた。
この場にいるレディ達は、とても美しいドレスを着ている。
一見すると全員貴族のレディに思えるだろう。
だが実際は違っていた。
裕福な平民のレディ達なのだ。
よって王都にいるはずの公爵家の令嬢など、知るわけがなかった。
「お分かりにならないようね。それはそうでしょう。本来、わたくし、こんな場所にいる人間ではないのですから」
「レヴィンウッド公爵令嬢! 言い方を、気を付けてください」と言いそうになり、呑み込むことにした。一体、彼女が何をしようとしているのかが分からない。まずは聞いてみることにしたのだ。
「わたくしは、レヴィンウッド公爵家の長女マチルダ・アン・レヴィンウッドですわよ」
さすがに「公爵家」が何であるかは皆、分かる。
よって「えっ」とざわめきが起きる。
「この国で五つしかない公爵家の一つよ。お分かりになったかしら?」
レヴィンウッド公爵令嬢は手にしていた扇子の紋章を見せた。
自然とその場にいたレディが後退する。
「今日はここに、わたくしの大切な方がいらしていると聞いています。砂糖に群がる蟻のように囲まれ、困っている方が」
この言葉に何人かのレディは反応し、さらに後退した。
逆にレヴィンウッド公爵令嬢が、僕の方へ、一歩、二歩と歩き出す。
取り巻いていたレディ達がどんどん離れていく。
「ダンスはこんなに連続で踊るものではなくてよ。彼はずっと踊り続けている。これでは疲労困憊になるわ。今日はもう、解放してくださるかしら? レヴィンウッド公爵家の一員として、強く要望します」
レヴィンウッド公爵令嬢の言葉に、その場にいたレディ達は今まで以上に離れていく。もはや僕自身、囲まれている……という状態ではなくなっていた。
まさかレヴィンウッド公爵令嬢により助けられるとは。
少し離れた場所にいたレヴィンウッド公爵令嬢が、こちらへと近づいてくる。
「殿下! こんなところで再会できると思いませんでしたわ。でも驚きました。ダンスをされているのが見えたので、お邪魔するのは悪いと思い、ずっと声をかけずにいたのです。でも次から次へと休憩する間もなくダンスをされていて……。ビックリしました」
そこでレヴィンウッド公爵令嬢は近くにいた給仕の男性に声をかけ、飲み物の入ったグラスを手にすると、僕の目の前まで一気にやって来た。
「喉も乾いていますよね? お飲みになってください」
一瞬白ワインに見えるが、リンゴジュースだった。
「左、右、どちらでもお好きな方をお取りください」
中身はリンゴジュースと分かっている。
正直、どちらでもいいが右のグラスを受け取った。
一口飲むと、喉が渇いていたのだろう。
あっという間に飲み干してしまった。
「相当、喉が渇いていたようですね。わたくしはこれ、口をつけていませんので、どうぞ」
「ありがとうございます」
そこは素直に謝礼を伝え、二杯目のリンゴジュースを飲み干すことになった。
空のグラスはすぐに給仕の者により下げてもらえた。
「ところでレヴィンウッド公爵令嬢も、この舞踏会に招待されていたのですか?」
そう尋ねるとレヴィンウッド公爵令嬢は「いいえ」と答えたのだが……。突然「痛い」と言い出した。どうしたのかと思うと。
「目に睫毛が入ったようです。鏡もないので、目に睫毛が入っていないか見ていただけませんか?」
なぜ僕がそんなことを?と思うが、結果的にレヴィンウッド公爵令嬢に助けられたのは事実。
目に睫毛が入っていないか確認するなんて、造作もないこと。
「見てみましょう」
レヴィンウッド公爵令嬢の頬に手を添え、その瞳を覗き込んだ。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第53話:笑顔でいて欲しい」です。
キスの真相を知らないサラは、宿で朝を迎え……。





















































