51話:もどかしかった。
舞踏会。
それは僕にとっては複雑な気持ちになるイベントだ。
楽しみであり、重圧でもある。
これだけ入念にレッスンをした。
サラとホークのダンスは、かなり完成度が高いと思う。
ゆえにサラと舞踏会という公の場でダンスできることを、心から楽しみにしていた。
その一方で。
サラからはやんわりと、舞踏会の場で社交を行い、真実の愛を育む女性を見つけるようにと、プレッシャーを掛けられていた。
僕はサラがいればいいのに。
恋愛経験がない僕は、うまく自分の気持ちをサラに伝えきれていない。
そのおかげでサラ以外の女性を見つけるよう、期待されていた。
ゆえに舞踏会は重圧でもある。
だが以前のように「絶対に見つけてください、殿下!」とは言われなくなっていた。でも今のやんわりの方が、より強く圧を感じてしまうのはなぜなのか。
それは……あの一件が尾を引いているからだろう。
自分の意志を無理矢理曲げる形で朝帰りをすることになったあの日。
素直に謝罪をしたが、サラは怒ることなく、むしろ「殿下のプライベートにとやかく口出しをするつもりはありません」と突き放されてしまった。それどころか「昨晩の出来事のビフォーアフターで、ホークと私の殿下への態度は変わることはございません」とまで言われてしまったのだ。
この時は慌てて、いきなりの告白にならないよう注意しながらも、好意をサラに伝えたつもりだった。でもサラは「僕には……サラが絶対に必要だからです」という言葉を誤解している。「魔女だから私を絶対に必要なのでしょう」と。
そうではないと伝えたが、サラは受け流してしまう。
もどかしかった。
いっそのこと「サラ、君を愛しています」と言いたくなっているが、今は状況が悪すぎる。
いきなり現れた公爵令嬢マチルダ・アン・レヴィンウッド。
彼女が台風の目のように事を荒立てないかが心配だった。
それではなくても僕に不穏に絡んできた。
サラやホークには近づけたくない要注意人物だった。
◇
舞踏会へ向かう馬車の中で、僕はなんとか自分の好意を形にしたいと思っていた。
その苦肉の策。
それはホテル滞在にあたり、サラと僕は新婚夫婦であるという設定から思いついた案だ。
この国では婚約に合わせ、男性が女性に婚約指輪を贈る。そして結婚式では男女が指輪の交換を行う。そう、結婚指輪をつけるのだ。
僕とサラは新婚という設定だが、結婚指輪をつけていない。
でもこれに関して、ホテルのスタッフが僕たちに何か尋ねることはない。
当然だ。
プライベートなことだし、彼らが干渉することはない。
それに結婚指輪をつけていない=実は結婚していない……そんな風に疑われることもなかった。ただ、何か事情があるのだろうなと思われる可能性は高い。懐事情の関係で、今は用意できないと思われたり、あまり夫婦仲がよくないと思われたり。
架空の設定である。それでも大好きなサラとの新婚設定。円満な夫婦に見られたい。
そう思い、結婚指輪を用意していた。
それをお互いの指に着けることを思うと……。
自然と頬が緩む。
ところが。
――「ランス殿下。舞踏会はホークと私がダンスデビューをする……という目的もありますが、それはあくまで“おまけ”です。一番は別の目的がありますよね?」
サラは舞踏会の目的、社交=真実の愛を育む女性を見つけるを、忘れていないかと問いかけた。
――「別の目的。それは殿下のお相手探しだろう? 今回、招待状を手配してくれた姉妹は、殿下が既婚者だと思っていないのだろうー? いきなり指輪をつけて登場だとおかしいよな」
ホークにまでこんな風に言われ、サラのこの一言で、僕は撃沈する。
――「指輪をつける必要があるなら、ホテル内だと思います。舞踏会では不要かと」
舞踏会では、女性と知り合う必要があるのに! 何を以てして、結婚指輪をつけるなんて言い出しているのですか?――そんな風にサラに言われた気分だった。
完全に打ちのめされ、老化してしまう事態になったが……。
舞踏会が行われる邸宅に到着し、会場となるホールに遂に着いた。
サラのエスコートはホークに奪われ、僕はこの舞踏会の招待状を手配してくれた姉妹を同伴し、ホールに入ることになる。
ダンスは当然、この姉妹と踊る必要があった。
一方のサラは、ホークとダンスし、次は見知らぬ男性と踊っている。
もう僕は気が気ではない。
一番はホークに奪われ、二番目はどうしても無理だった。
だがサラの三人目のパートナーは僕だ!と決めている。
絶対にサラとダンスをしたい――!
この熱い想いはサラに届いたのか?
サラの視線を感じ、その目を見ると、美しい銀色の瞳は「ランス殿下、ダンスをしたいです!」と言っている。
その瞬間。
信じられない程の胸の高鳴りを覚えた。
自然と笑顔になり、心から「サラ、僕も同じ気持ちです。君とダンスをしたいです!」と目で応えている。
サラは僕の気持ちを感じ取り、安堵の表情になった。
遂に、サラとダンスできる!
そう思ったまさにその時。
いきなりレディ達に取り囲まれる。
皆、目を輝かせ、それは僕とのダンスを求めているとすぐに分かった。
サラに向けた全力の笑みとアピールだったのに。
それは周囲にいた女性達にも……伝わってしまったようだ。
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次回は「第52話:まさかこうなるとは」です。
ランスが語るあの令嬢との の件。