50話:自由に
まず、舞踏会の会場となっていた邸宅を出ると、乗合馬車でホテルへ戻った。
魔法を使い、荷物をまとめると、トランク一つで全て収まる。
美しいドレス、靴、宝飾品の数々は、すべて置いていく。
着ていたドレスも脱ぎ、いつもの服へ着替えた。
プラム色のロングローブ。
その下に着るのはアイリス色のワンピースだ。
改めて体を締め付ける下着がないことで、体も自由になった気がした。
次にホテルで用意されていた便箋と封筒を使い、ランスに手紙を書く。
既に舞踏会の会場からホークと私の姿がないことで、何かを悟るかもしれない。それにどうせレヴィンウッド公爵令嬢と話すだろうから……。
これまでお世話になったことへの御礼。
これに尽きるだろう。
あとは北の魔女ターニャを倒せることを願っている。ポーションや魔法アイテムが少しでも役立つと嬉しい。そんなことを書いた。
――レヴィンウッド公爵令嬢と、どうぞお幸せに。
この一言は書くかどうか迷ったが、書けばなんだか嫌味に感じられる。それにレヴィンウッド公爵令嬢の方が、過剰反応しそうだった。よってこの件には触れないことにした。
ホークの待つスイートルームへ向かい、手紙を置き、そしてそこから転移魔法で一気に隣町へ到達。
すぐに宿を見つけ、確認すると、一室なら空いているという。
ワイン祭りの客が、街のホテルや宿では収容しきれず、この町に滞在している者もいるというのだ。
「問題ないよな、サラ。口うるさいじいさんはいないんだ。心置きなく、俺と新婚設定にしようぜ!」
「もう、ホークったら」
ひとまず貴重な残り一室を確保し、部屋に向かう。
「二階の205号室と」
「そういえばホーク。私と新婚設定、なんて言っていたけど、リンカちゃんはどうなったのよ?」
「あー、俺が人間じゃないって伝えたら『ごめんなさい。両親を説得する自信がない』ってさ」
これには思わず階段を上る足を止めてしまう。
「自分が使い魔であることを話したの?」
「それはそうさ。人間の姿は仮みたいなもんだからな」
「正体を明かすくらい、好き、だったの?」
ホークは「うーん」と考え込み、「普通かな」と階段を上りながら、あっさり答えた。私も慌てて階段を上る。
「普通……。つまりお友達ということ?」
「そう。でも正体を秘密にしたまま友達になるのも、なんだなーと思ってさ。あ、でも安心しろ、サラ。サラが魔女であることは言っていないし、俺が使い魔であることも、リンカちゃんは誰にも話さないって言っていたからな」
そこで部屋に到着して「あーっ」と思う。
「なんだ。ダブルベッドしかないのか。久しぶりに一緒に寝るか、サラ!」
「ダメよ。一応、私も年頃なんだから。ホークは鷹の姿でお願い」
「えーっ」
ホークと二人だけになって、寝るための準備を進めていると、いろいろ考えないで済んだ。
今頃、ランスはどうしているのか。
レヴィンウッド公爵令嬢と共に、私が森へ帰ったことを知り、どう思っているのか。
一人だったら悶々と、そんなことを考えてしまったことだろう。
でもホークの軽妙なトークのおかげで、余計なことを考えずに済んでいた。
「あーっ、なんだか疲れたわ」
白い寝間着にピンク色のガウンを着た私は、ぽすっとベッドに仰向けで寝ころんだ。
まだ人の姿のホークは、白い寝間着にブルーのガウンを着て、私の隣にうつ伏せとなり、肘をついてこちらへ向く。
「サラは転移魔法を使ったから、疲れただろう」
「そうね。ダンスは結局、二曲しか踊っていないし。あ、ホークの次にダンスした男性にいろいろ聞かれて、私、社交って面倒!って思っちゃったの」
「それはあれだな、二曲目に踊った奴が、そこまで仲良くなりたいと思えなかったからじゃないか。俺はカンナちゃんだったから、楽しくトークできたけどな」
ホークの顔を見て、私は笑ってしまう。
「なんで笑うんだよ、サラ!」
ホークが手を伸ばし、私の頬を優しくつまむ。
「ホークは好奇心旺盛だから。私みたいな森に引きこもっていた人間には、社交はきつかった。……それで思ったのよね。ランス殿下も、自身の王太子という立場を明かせたら、楽なのだろうけど。でも今回、偽りの身分でトークしなきゃならなかったでしょう。それは面倒なことだろうなぁって」
「どうかな。確かに偽りの身分だろうが、あのじいさんは社交が当たり前の環境で育ったんだ。そんな苦痛だとかどうだとか、あまり気にしないと思うけどな」
そう言われてしまうと、その通りだった。
でも私はそう思わなかったわけで……。
「私は……ランス殿下があんなにレディに囲まれ、自身の来歴を何度も話すのが可哀想に思えてしまったの、あの時。それでね、なぜそんな苦行を殿下がしているのかというと……。私が助太刀してあげないからだ、と気が付いたのよ」
「ふうーん、それで」
「だから……私が助太刀すると言えば、その無駄な社交もやめられるだろうと思ってしまったの。だって私が助太刀すればホークも参戦するでしょう。魔法アイテムも沢山あるし、殿下も使い方を覚え、それで私も戦えば……。真実の愛を育むべき女性を、慌てて見繕う必要はなくなるじゃない」
「なるほどな」と言うと、ホークが私の頭にぽすっと手を乗せた。
「助太刀する気持ちになって、それを伝えようとしていたんだな、サラは。でもじいさんは沢山のレディに囲まれ、それどころではなかった。それでサラは運悪くあの性悪女と出くわした。それであの話を聞かされた……」
ホークの頭が離れたと思ったら、そのままぎゅっと抱き寄せられていた。
「せっかくじいさんに歩み寄ろうとしたのに、こんな結果になったんだ。辛かったよな、サラ。よく我慢した」
「ホーク」
庭園で一度泣いているのに。
再び涙がこぼれてしまった。
でもそれをなぐさめてくれるホークがいてくれて……本当に良かった。
~第二章「旅立ち編」完 ・To be continued……~
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は三章:すれ違い編で開始となります。
来週の公開をお楽しみに!