4話:異世界でも をしています、私……?
食後の紅茶を入れ、飲ませている間に、魔法で入浴の準備を進める。後片付けはホークとココにお願いした。
「そろそろ胃袋が落ち着いたと思うので、入浴をしましょう。森の中で倒れていたので、あちこち土まみれですから」
ソファから立ち上がれるか確認すると、ちゃんと立つことができた。
そこでハッとした様子なので「剣はそちらに置いてあります」とチェストを指さすと、安堵したようだ。
剣を大切にしている。そして香水をつけていた。
ただの兵士ではなく、剣士や騎士だったのかもしれない。
そのままおじいさんの体を支え、浴室へと向かう。
脱衣所でおじいさんと向き合い、こう告げた。
「おじいさん、これから入浴です。服を脱がしますね」
「!」
おじいさんの瞳が泳いだ。
意外。
恥ずかしいの……?
「魔法を使うので、一瞬で終わりますから!」
「!?」
ここでもたもたするつもりはない。
あっという間に魔法を使い、腰にタオル一枚巻いている状態にして、猫足のバスタブに座らせる。
うん。
ガリガリ。
どれだけ森の中を彷徨ったのかしら?
でもこれは森に来る以前からこうだったのかもしれない。
元気だった人が入院したり、介護が必要な状態になったりした時。やせ細ったその姿に、胸が痛んだものだ。
ヘチマのスポンジで優しく背中を洗い流していると、どうしても思い出してしまう。
前世でおばあちゃんの背中も、こうやってよく、洗い流したっけ。
転生して二十年経つのに。
前世の記憶は鮮明に残っていた。
入浴の後、これまたおじいさんが恥ずかしがるので、魔法で瞬時にタオルドライ。その後はこれまた魔法で寝間着を着せてしまう。
私の寝間着だが、魔法でサイズを大きくし、着てもらうことにした。
チュニックタイプの白の寝間着だから、この世界観の男性が着てもおかしくはない。でもおじいさんが着ていると、なんだか可愛らしく感じる。
「おじいさん、今日のところはもう休みましょう」
そのまま寝室へ案内し、水分と一緒にポーションを飲ませ、休ませた。
「サラ~、お疲れ様! 夕ご飯食べましょう!」
ココに言われ、「ああ、そうだったわ。私、夕ご飯食べていないわね」と思い出す。
「ココ、ホーク、二人は食べた?」
「うん。おじいさんをサラが入浴させている間に、食べさせてもらった。悪いな」
「いいのよ、ホーク、それで。むしろ待たせていたら、申し訳ないから」
リビングダイニングルームに戻ると、テーブルにスープといい感じで焦げ目がついたパンが並べられている。
「ありがとう、ココ、ホーク!」
椅子に座り、一息つく。
そして思う。
なんだろう。
異世界転生したのに、介護しています、私?
◇
翌日。
おじいさんは自力で歩き、リビングダイニングルームに来ることができるまで、回復していた。ポーションが効果てきめんだったようだ。
もうナイフもフォークも使える状態だったので、おじいさんは自力で朝食のパンとフルーツを食べ、スープも綺麗に平らげている。
劇的な回復ぶりに胸が熱くなり、そして思う。
もしも前世にもこのポーションがあったら。
おばあちゃんに飲ませたかった。
そうしたらおばあちゃんは……。
つい、泣きそうになるのをこらえ、後片付けをする。
「!」
おじいさんは、自分が食べ終えたお皿や器を、キッチンまで運んでくれたのだ!
昨日はろくに口をきいてくれなかったのに。
再び泣きそうになるので、それをこらえ……。
「ホーク、ココ、今日も天気が良さそうよ。洗濯、しましょう!」
洗濯機はないので、洗濯は魔法で行う。
でも干すのはココとホーク!
ココは見事に洗濯した衣類を空中へ飛ばす。するとホークがキャッチし、洗濯ロープにかけていく。
「ココ! なんで左に放るんだよ!」
「あら、ホーク。あなたならキャッチできるはずでしょう!」
ココとホークがじゃれあいながら洗濯物を干していた。
一方の私は、おじいさんのぼうぼうの髪と髭をお手入れすることにした。
髪は自分の毛をカットしている。だから問題ない。髭はある程度の長さまで切った後は、もう見様見真似でやるしかない。ということで剃刀を手にして構えると。
おじいさんは何かを察知したようで、私から剃刀を取り上げた。
どうやら自分でやるようだ。
髭剃りが終わると……。
うん、かなりさっぱりしたわ。
これで少しは見られる状態になったかしら?
引き続き爪なども丁寧に切り、お世話をしていると。
「 う」
「?」
「あ う」
おじいさんがしゃべった!
クララが立った!ぐらい驚いてしまう。
ありがとう。
そう言ってくれたのだと思う。
介護って大変なのだけど。
こんな風にふとした瞬間に感謝の気持ちを示されると、それまでの疲れが吹き飛ぶ。
誰だって老いたくはない。
でも歳はとるもの。逃れることはできない。
こんな森に置き去りにされることになったおじいさん。それまでどんな人生を送ったかは分からない。でもその命、なかったことにして、捨てられていいわけがない。
生きているのだから。
「おじいさん。この森に置き去りにされたこと。不幸なんて思わないでくださいね。これから美味しいものいっぱい食べて、元気になれば、また森の外へ出て第二の人生始めることができますから。ここまで長生きできるなんて。この世界では珍しいことですよ。欲張りになって、もっと、もっと長生きしてくださいね」
おじいさんの碧眼の瞳が、うるっとしていた。
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次回は「第5話:おじいさんは盗人?」です。
うるっとから一転、一体何が!?