48話:慌てて視線を逸らし、理解する。
レヴィンウッド公爵令嬢は、ランスを取り巻くレディ達を蹴散らし、彼とダンスをするという。しかもキスまで……?
まさか魔法使いに頼み、魅了魔法でも使う気!?
でも人の意思を無理矢理捻じ曲げるような魔法は、魔力消費が大きい。
……仮にランスがレヴィンウッド公爵令嬢とキスしてもいいと思っていて、人前だから我慢している。そのような場合に使う魅了魔法であれば、魔力消費は少なくて済む。
というか、私を置いて意気揚々とレヴィンウッド公爵令嬢は建物の中へ入って行ったが、私はこの庭園から見ていなければならないの?
今、季節は冬で、ドレスは決して厚着ではない。
火系統の魔法が使えれば、暖をとれるのだけど。
そこで思い出す。
初雪が降った日。
ランスは私の家を出て行き、結局、おじいさんになって森の中で倒れていた。
その姿を発見し、体に触れた時の冷たさ。
すぐに温めてあげないといけないと思った。
湯船に浸からせても、体は温まりきらない。
ベッドを温め、最終的には私の体温で温めることになった。
――「分かっています。……感謝のハグをしていいですか?」
未婚の男女が一つ同じベッドに横になり、ハグをするなんて!
そう思ったものの。
あの時、ランスにぎゅっと抱きしめられた時。
ランスの胸の中は広く、温かく、とても心地いいものだった。
涙がじわっと溢れる。
どうして?
ランスのあの温かい胸が、レヴィンウッド公爵令嬢のものになったから?
違う。
相手がレヴィンウッド公爵令嬢ではなくても。
ランスには真実の愛が必要なのだ。よってランスとその女性が結ばれることを、私は願っていたはずだ。それなのに今さら悲しい気持ちになるなんて。
「!」
庭園から見えるホールに、レヴィンウッド公爵令嬢の姿を捉えた。
真紅のドレスだから、嫌でも目で追うことになる。
ランスはレディ達に囲まれ、順番にダンスに応じているようだ。
だがまさにそのダンスが終わり、レヴィンウッド公爵令嬢他、沢山のレディが待つ場所まで戻って来た。
すると。
レディ達が一斉にレヴィンウッド公爵令嬢を見た。
両手に腰を当てたレヴィンウッド公爵令嬢が、何かを言っているようだ。
レディ達は黙り込んでいたが。
スーッとランスの周囲から、レディ達が離れていく。
それはまるで波が引くようだった。
ランスと向き合ったレヴィンウッド公爵令嬢は、そのまま彼に近づき、距離を縮める。
給仕の男性から飲み物が入ったグラスを受け取り、レヴィンウッド公爵令嬢はランスに見せた。ランスがグラスを受け取ると、会話がスタートしたようだ。
だがしかし。
二人が会話をしていることは分かる。
ところが何を話しているのか、理解できなかった。
当然だ。声はここまで届かないのだから。
そして読唇術の心得などあるわけがない。
それでもランスの表情は柔らかい。
レヴィンウッド公爵令嬢を、警戒しているようには思えなかった。
その様子を見ているだけでも、二人が打ち解けているように見えた。
レヴィンウッド公爵令嬢と婚約の話が出ているなんて。
ランスは一言もホークと私に話していない。
……でもプライベートを詮索するつもりはないと、私から言っている。
そんな風に言われたら、婚約の話も出しにくかったのでは?
「えっ」
ランスがレヴィンウッド公爵令嬢の頬に手を添えた。
そして彼女の顔に自身の顔を近づけている。
これは……そのまま、キ、キスをしてしまうのでは!?
心臓が爆発しそうだった。
慌てて視線を逸らし、理解する。
分かった。
ランス。
あなたはレヴィンウッド公爵令嬢を選んだのね。
本当に、本当に。
私は……いらない存在なんだ。
「あー、いたいた、サラ! ってかなんで一人でこんなところにいるんだよ!? 魔女だからって寒さに耐性なんてないだろう?」
駆け寄ったホークを見ると、彼は「えっ」と驚いた顔になる。
「なーんで、泣いているんだよ、サラ!」
そう言いながらホークは着ていたテールコートを脱ぎ、私の肩にかけてくれる。
その上で私のことをぎゅっと抱き寄せた。
「もー、サラ、なんか体を温める魔法はないのか!? こんなに冷えて。それになんで泣いているんだよ!」
声を出そうとしたが、体が冷え切っていたようだ。
急に震えが来て、歯をカチカチと鳴らすことになり、声を出せない。
「まず、建物の中に入ろう」
なんとか頷き、ホークと手をつなぎ歩き出す。
触れているホークの手が温かくて、涙がさらに溢れる。
ホークはテールコートの内ポケットにハンカチがあると教えてくれたので、それを借りて涙を押さえた。
「えーと、さっき聞いたんだよ。舞踏会でトラブルがあった場合に備え、用意されている休憩室があるって。ほら、ドレスなんてさ、繊細なんだろう、作りが。だから思わず裾踏まれて、びりっとかなった時に、着替えるための個室が用意されているって」
建物内に入ったが、まだ私の震えは収まらない。
ホークの手の温かさだけが頼りだった。
「おっ、ここだな。すみません、ちょっと休憩したいんですが」
ホークが廊下で待機しているバトラーに声をかけると、すぐに部屋へ案内してもらえた。
中に入ると暖炉がついており、ソファセットもある。
そしてトルソーが置かれていることで、確かにドレスの着替えなど利用される部屋だと思えた。
「あ、すみません。温かいスープをお願いすること、できますか? 彼女、迷って庭園に一人でいて、体が冷え切ってしまったようなんですよ」
「かしこまりました。すぐに温かいお飲み物をご用意します」
この言葉に安堵し、ソファに腰を下ろした。
暖炉に近いのでぐっと温かくなる。
気づくとカチカチ鳴っていた歯は、落ち着いていた。
そこで隣に座ったホークは……。
「サラ、俺の体温で温めてやるよ」
お読みいただき、ありがとうございます!
……今さら悲しい気持ちになるなんて。
恋に不器用なのは殿下だけではなかった……!
次回「第49話:俺が温めてやるよ」を更新します!