47話:彼女の切り札
「殿下はあなたが必要だとか、あなたじゃないとダメだと言うけれど、どう見ても身分、容姿、教養と、私より劣ると思うの。自分でもその自覚、あるわよね?」
心の中に土足で踏み込んでくるような発言にイラっとする。
しかも身分、容姿、教養。
そりゃあ公爵令嬢に比べられたら、身分と教養で勝てるわけがない。
ダンスだって猛特訓でなんとか覚えた程度だ。
でもレヴィンウッド公爵令嬢はきっと幼い頃からダンスを習っているはずだ。
ダンスだけではなく、礼儀作法やマナー刺繍やなんなら乗馬なんかもできるかもしれない。
私は森の中で生まれ育った魔女だ。
比較されたくない!
それに容姿……。
今はドレス映えする谷間もある。
でもこれは下着を脱げば消えてしまう。
レヴィンウッド公爵令嬢のようなメリハリボディではない。
スリムではあるが、その分、胸は残念賞サイズだ。
ランスが私のことが必要、私じゃなきゃダメというのは、それは……私が魔女だから。
それ以上でもそれ以下でもないはずだ。
「本当に。殿下を説得するのは大変でしたわ。一晩がかりですもの。でも殿下は聡明な方ですから、私が心を込めて説明したら、納得してくださったのよ。それで夜が明ける前に、ね。まだ婚約もする前だから、どうしましょうと思いましたけど」
そこでレヴィンウッド公爵令嬢が意味深な笑みを浮かべ、私は心拍数が急上昇だった。
冬の夜の庭園にいる。
そろそろ寒くなってもおかしくないのに。
レヴィンウッド公爵令嬢と会うことで、心臓の鼓動が激しくなっていた。
そして今はピークを迎えているようだ。
寒さを忘れ、彼女の言葉の意味を考え、奥歯をぐっと噛み締めていた。
まさか、ランスはレヴィンウッド公爵令嬢と一線を越えた……ということ?
「最終的に殿下はここまで追いかけてきた私の献身と行動力をお認めになったのよ。私を婚約者に迎えると言ってくださいました」
ドクンと心臓が大きく反応する。
レヴィンウッド公爵令嬢と婚約する……?
「でもあなた、殿下につきまっているのでしょう? 北の谷まで案内するとか言って。殿下は義理堅い方。そしてあなたにお世話になったのは事実。今さら『案内は不要だ』とも言いにくいわよね。だから今は仕方なく、あなたの相手もしている。でも北の谷に着くまでよ。そこに到着したら、私との婚約の件もあなたに話すって」
「そんな……そんなの嘘です!」
「まあ、失礼な女ね。私のことを嘘つき呼ばわりするつもり?」
レヴィンウッド公爵令嬢が目を吊り上げた。
ランスは私が、いや、魔法が必要なはずだ。
必要……いや、必要では、ない……?
ホークは、ランスが家から持参したポーションや魔法アイテムの使い方を習ったと言っていた。その上でレヴィンウッド公爵令嬢と真実の愛を育むなら……。
勝てる。
私がいなくても勝てると思う。
「あら、黙り込んで。それって自分の発言の過ちを認めるってことでいいかしら?」
ぐっと唇を噛む。
「……嘘と断言し、申し訳ございません」
レヴィンウッド公爵令嬢は「ふんっ」と鼻で笑うと、とどめのようにこんなことまで告げる。
「わたくしは沢山の兵と騎士を連れています。それに」
そこで彼女は不適に口角を上げる。
「聞いて驚きなさい。わたくし、魔法使いも連れて来ましたの」
「えっ……!」
「ふふっ。魔法使いなんて、もう伝承の存在だと思っていたでしょう。でも違うのよ。ちゃんと存在するんだから!」
まさか自身と護衛の騎士くらいで動いていたわけではなく、兵と騎士まで連れ、魔法使いまで。それなら完全に私は……。
「森にいる間はね。あなたの独壇場でしょう。殿下も身一つだったわけで。でもここは森とは違うのよ。なんでもあるの。そして私、マチルダ・アン・レヴィンウッドに不可能はないのよ。残念だけど、あなたはもうお払い箱。森へお帰りいただいて結構です! おーほっほっ」
その高笑いを聞いていると、前世で読んだ“悪役令嬢”を思い出してしまう。
よく見るとレヴィンウッド公爵令嬢は、髪が縦ロールだし、なんだかそれっぽい。
というか。
どうでもいい。
レヴィンウッド公爵令嬢は、その身分と財力で、まさかの魔法使いまで従えている。
ポーションでさえ、金貨数十枚以上で売れるのだ。
彼女に協力する魔法使いには、どれだけの金銭が支払われたことか……。
もはや魔女の私では、彼女に敵わない気がする。
敵う必要はない。
だって私はもう必要ないだろうから。
レヴィンウッド公爵令嬢のいう布陣であれば、北の魔女ターニャに勝てる。
「あら? 完全に戦意喪失かしら? 殿下はあなたにご執心なのに、あなた自身はあっさり諦めるのね」
何を言いたいのかしら、レヴィンウッド公爵令嬢は。
ランスが執心しているというのなら、それは私が魔女だからでしょう。
でも魔法使いがいるなら本当に。
本当に、私はいなくてもいい。
「それにあれぐらいのレディに囲まれている殿下を見て、怖気つくなんて、甘いのよ!」
レヴィンウッド公爵令嬢は持っていた扇子でぴしゃりと自身の手の平を叩く。
「王都で殿下はもてもてでしたから! あれぐらいのレディ達、蹴散らす気概がないと、殿下の婚約者なんて無理なんですから!」
婚約者?
私は婚約者の立場なんて別に狙っていないのに。
「見ていて御覧なさい。私は今から殿下のおそばに行くわ。そしてあのレディ達を蹴散らし、殿下とダンスをする。それだけではないわ。殿下がわたくしにキスしようと……するかもしれないわね。みんながいるからお止めすることになるかもしれないけれど!」
お読みいただき、ありがとうございます!
ランスは既に陥落していた!?
次回は「第48話:慌てて視線を逸らし、理解する。」です。