46話:新たな決意を胸に
森に引きこもっていた私に、社交は実に面倒なものだった。
この苦行をランスに強いたのかと思うと、心から申し訳ない気持ちになっていた。
人間と関わるのは嫌。
魔女であると利用されるのは嫌。
そう思っていた。
でも旅の道中で出会った人間に、嫌な人はいなかった。
子供やその親も。居酒屋のおじさん、宿のスタッフやレストランの店員……etc.
さっきダンスをしたセージという青年も、決して悪い人ではない。
世間一般の社交で私に名前を聞き、どこから来たのかと尋ねただけだ。
それに魔女だから利用。
ここが王都から離れた街だからかもしれない。
魔女の存在なんて、みんな忘れつつあった。
「お前、魔女だろう?」と聞かれることもなく、利用されることもない。
そしてランス自身、利用する気なんてなかった。
ただ、助けて欲しい。
それだけなのだ。
私が「助太刀します!」と言うだけで、社交という苦行からランスは解放される。
「ありがとうございます。サラさん。よければ一緒に飲み物を」
「こちらこそありがとうございます、セージさん。ごめんなさい、私はこれで失礼します」
セージに挨拶をすると、今踊り終わったばかりの令嬢と談笑するホークを放置し、ランスの方へと向かう。
姉妹とダンスを終えたランスは、私とダンスしたいと思っているはずだ。
ダンスをしながら伝えよう。
今の決意を。
ランスに視線を向けると、すぐに彼は私に気が付く。
その表情で分かる。
ランスも私と同じ考えだ。
つまり、この後、お互いにダンスすることを望んでいる。
ところが。
妹の方とダンスを終えたランスの周りに、一斉にレディが群がった。
しまった……!
あの容姿なのだ。
レディ達が放っておくわけがなかった。
「おい、サラ、どうしたんだよ。ランスは社交の最中だろう? スイーツでも食べに行かないか?」
ホークに声をかけられ、一度そちらを見て、再度ランスに視線を戻す。
これだけのレディ達のダンスの誘いを断り、私のところへ来る。
それはできなくはないだろうが、相当反感を買うだろう。
ここは数名のレディとダンスしてから、逃げ出すのがいいと思えた。
きっとランスも同じ判断をするはず。
ということでホークに再び視線を戻し、彼のそばに亜麻色の髪のレディがいることに気が付く。
「そちらのお嬢さんは……?」
「ああ、彼女は今、ダンスを踊ってくれたリンカちゃん。一緒にスイーツ食べるって」「ホーク」
ホークは私と同じように森に引きこもっていた。
社交が苦手かと思いきや、そうではないようだ。
リンカちゃん。
そんな風に呼べるレディができたなら、邪魔をするつもりはなかった。
「ホーク、そのリンカちゃんとスイーツは食べて。私はレストルームへ行くわ」
「え、でも、こんなに人が多いと」
「私を誰だと思っているの? ホークとランス、二人が海で遭難しても、見つけ出すわよ」
これにはホークは「なるほど」と納得してくれる。
私はその場を離れ、ダンスのお誘いを断りながら、廊下に出た。
だが廊下にも人がいて、声をかけられるので、それを断りながら歩いていると……。
いつの間にか庭園に出ていた。
この庭園からは舞踏会が行われているホールがよく見えた。
既に夜の帳は落ち、空には大きな月が見えている。
庭園の外灯はいくつかついているが、そこまで明るくない。
だがホールのシャンデリアの明かりで、庭園の一部が煌々と照らされている。
ホールとこの庭園を仕切るのはガラスの窓一枚だけだ。
それなのに明るさも気温も喧噪も。
全く違う。
楽団の奏でる音楽もどこか遠くから聴こえるように感じる。
「まあ、こんな冬の庭園に逃げ込むなんて。田舎者には舞踏会が煌びやか過ぎたのかしら?」
声にハッとして振り返ると、そこにはレヴィンウッド公爵令嬢がいる。
着ているドレスは目にも鮮やかな真紅。バラの花びらを束ねたようなデザインだ。
スカートのフリルが重なり、濃淡ができ、ドレス全体を立体的に見せている。
ゴールドの大ぶりなネックレスとイヤリング、髪飾りもドレスの共布で作ったリボンと、とにかく存在感がある。
これだけ存在感があれば、ホールにいたら気づけたと思うのだけど……。
まさか遅れて来たのかしら?
舞踏会って遅刻してもいいの……?
ちょっとキョトンとしてしまった私を見て、レヴィンウッド公爵令嬢はムッとした様子で口を開く。
「あなた、森に住んでいたのでしょう? そこで殿下と出会ったとか。困っている殿下を助け、恩人ぶって取り入ったのでしょう? 図々しいわね。平民のくせに!」
私はレヴィンウッド公爵令嬢とちゃんと話すのはこれが初めてだった。
初対面ではない。
顔はお互いに知っている。
でも私は名乗った覚えがない。
それでも彼女は私が森に住んでいることやランスを助けたことを知っている……。
ランスが話したのだろう。
当然、彼と一緒にいる私を何者かと思い、レヴィンウッド公爵令嬢は尋ねたのだろう。
ランスは私が魔女であることは伏せ、平民だと紹介した。
森で助けてもらった恩人だと話したと推測する。
でも「取り入った?」とは心外だ。
「殿下はあなたが必要だとか、あなたじゃないとダメだと言うけれど、どう見ても身分、容姿、教養と、私より劣ると思うの。自分でもその自覚、あるわよね?」
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次回は「第47話:彼女の切り札」です。
サラVSレヴィンウッド公爵令嬢!
勝敗の行方は!?