45話:引きこもりには社交が面倒です
舞踏会の会場となった邸宅は貴族の屋敷ではない。
裕福な平民のお屋敷……そう聞いていた。
でも、実際にホールに着くと……。
「サラ、すごいな。このホールだけでシャンデリアが五つもある。それに部屋中の装飾が黄金だ。あれ、本物だよな? メッキか? それに天井に描かれている絵画は……すごいな。それに参加者が全員、キラキラして見える……」
ホークが驚嘆の声をあげているが、私も同じ。
「ほえー」とか間抜けな声をあげそうになっている。
「まあ、なんだかどこかでお見かけしたことがあるような、素敵な方ですね」
「本当に有名な方に似ているような。貴族の方ですよね?」
ランスは早速沢山のレディとマダムに囲まれ、あの姉妹が橋渡しをしてくれていた。
これなら私とホークは完全に付き添い兼老化対応係として、舞踏会を楽しめそうだ。
それに姿絵で顔を知られているとはいえ、あくまでそれは新聞で見たモノクロの絵。
実物を見たことがある人は、この街では少ないはず。
ゆえにランスがあの王太子のランスであるとは、皆、気づいていない。
「!」
私が見ていることに気付いたランスは「くうん」と助けを求める子犬のような表情をしているが、見なかったことにする。
無理に相手を探せとは言わない。
でもここは社交場なのだ。
ランスには一般的な範囲でいいので、社交にいそしんでもらいたいと思った。
そんなことをしているうちにホストのマダムが登場し、最初のダンスが行われた。もしランスの身分が分かっていれば、間違いなく最初のダンスにランスは選ばれただろう。
でも身分を明かしていないので、そうはならない。
ではどうなったのか。
最初のダンスが終わり、多くの招待客がダンスフロアへ移動する。
「サラ、いよいよ俺たちの番だ! 猛特訓の成果を披露しよう!」
大勢の知り合いが見ているわけではない。
でもあれだけ頑張ったのだから、この正式な舞踏会の場で踊りたい気持ちはある。
ホークにエスコートされ、ダンスフロアに向かう。
一方のランスは、同伴することになった姉の手をそのまま取り、私たちを追う。ちょうどいい場所に陣取ると、ランスがまたも「くうん……」と切なそうな表情でこちらを見る。
あれはまさに「サラ、僕も君とダンスをしたかったのですよ!」とあの宝石のような碧眼で訴えられている気がした。
手取り足取りレッスンをつけてくれたのはランスだ。
教え子の成果を共に披露したい……そんな気持ちになっているのだろう。
でも舞踏会のダンスの暗黙のルールで、同じ相手と連続して踊るべからず、というのがあるのだから。遅かれ早かれランスとも踊るだろう。
だが私としては。
会場には大勢のレディがいるのだ。
ランスには私以外と踊って欲しいと思っている。
「サラ、余所見禁止! 曲、始まるぞ!」
ホークの声に身を引き締めた。
向き合い、開始の体勢をとる。
早速、曲が始まった。
ウィンナー・ワルツは、スロー・ワルツより曲調が速い。それは1小節を1拍で数えるからだとランスが教えてくれた。スロー・ワルツは1小節を3拍。比較してもスピード感が全然違う。
さらにウィンナー・ワルツの特徴は、軽やかな回転が多いところ!
回転では、ドレスの裾が見事に広がる。
前世だったらドローンで天井から見下ろすように、その様子を撮影して欲しいところだ。でもこのお屋敷、室内に二階のバルコニーがあり、そこからダンスフロアを眺めている人がいる。きっと広げた傘が、いくつも回転しているような景色が見えているだろう。
そんな風に考える余裕もあった。
そしてまずは一曲、無事踊りきる。
フロアの端に移動すると、自然とパートナーチェンジで声をかけられた。
チラリとランスを見ると、今度は妹の相手をすることになっている。
ならばと声をかけてくれた令息と踊ることにした。
「はじめまして。ダンスのお誘い、受けていただけて光栄です。自分はセージと言います。あなたは……珍しい瞳の色ですね。異国の方ですか? よろしければお名前を教えてください」
「私はサラと申します。西の遠方の国から来ました」
「先程の黒髪の男性は……恋人や婚約者ですか?」
気軽にダンスの申し込みに応じてしまったが。
こんな風にいろいろ聞かれることに、すぐに辟易してしまう。
気心の知れたホークやランスと違い、初対面の異性と話すのは、こんなに面倒なのか。
面倒と感じるのには理由もある。
それは自分が魔女であることを伏せ、ホークとの関係をうまいこと説明しなければならないからだ。さらにダンスパートナーを変える度に、初対面となる。
これから延々と同じ自己紹介を繰り返さないといけないのでは……?
森に引きこもっていた私に、社交は実に面倒に感じられた。
そこで一瞬、ランスと目が合う。
既に曲が始まり、ダンスをしている最中だった。
ランスは相変わらず「くうん」と甘え声をだしそうな、子犬の表情をしていた。
その表情を見てしまうと、ランスに社交を強いた自分を猛省することになる。
良かれと思い、社交を勧めたが、こんなに面倒なものだったとは。
ランスはその身分を明かせれば、それは楽だろう。
でもそれができないとなると、いちいち仮の身分で自己紹介し、相手の話を聞いてダンスをして……をしなければならないのだ。
本当に面倒だし、申し訳ないことをしたと思う。
つい「ランス殿下、もう無理はしなくていいです。北の魔女ターニャを倒すならば、手伝います!」と言いたくなる。
言いたくなる。
言っていいのではないか?
そう思ったところで曲が終了した。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第46話:新たな決意を胸に」です。
ランスに視線を向けると、すぐに彼は私に気が付く。
その表情で分かる。
ランスも私と同じ考えだ。
遂に二人は……!?