42話:対抗馬がいれば
「僕には……サラが絶対に必要だからです」
ああ、ここでもまた、こうなるのね。
ランスが必要なのは、サラではない。魔女なのだと思う。
でもそこを問い返す必要はなかった。
レヴィンウッド公爵令嬢のところから朝帰りしておきながら、「レヴィンウッド公爵令嬢では、僕の心は安定しません」なんて言い出すとは。
ランスは一体何をしたいのかしら?
でも、助太刀をするつもりはないのだ。
北の谷まで同行するだけだ。
同行することは決めたこと。
契約書があるわけではないが、これは明らかに契約だろう。
不履行にするつもりはない。
つまり、どのみちこれからもランスと過ごすことになる。
よって波風を起こす必要はない。
「分かりました、殿下。確かに私が必要なのでしょう。きちんとサポートします」
「サラ、分かってください。僕は君が魔女だから必要だなんて思っていませんから!」
私が何か言いかけるのを止めたのは、ホークだ。
「一応、じいさんにはなっていないから、さっきのスタッフは特に何も言わずに料理を出したら去ってくれた。でも最初の姿に早く戻らないと、魔女か魔法使いがいると、周囲の席の令嬢マダムに思われかねないぞ」
これにはランスも私もハッとする。
それはまずい。
「殿下、失礼します!」
ランスの腕を振りほどき、私から彼を抱きしめた。
そしてゆっくりその背中を撫でる。
「ちゃんとこれからも同行します。安心してください」
「サラ……」
泣きそうなランスはなかなか老化が収まらない。私は根気強く彼を抱きしめ、その背中を撫でた。五分ぐらいそうしていると、ようやくいつものランスに戻った。
「ごめんなさい。僕の心が……なかなか安定しなくて」
しょんぼりしているランスは、またすぐ老化しそうだった。
話題を変えた方がいいと思った。
するとホークが素早く反応してくれた。
「殿下、舞踏会の招待状が届いたんだろう?」
「あ、そうです」
思い出したという表情のランスは、上衣の内ポケットから封筒を取り出した。
「スパ施設で知り合った少女たちがいましたよね。彼女たちはこの街に、裕福な銀行家の知り合いがいると言っていました。そこで明日、舞踏会があるようで、良かったら来ないかと招待状を届けてくれたのです」
ランスは自身が滞在しているホテルと「ランス」という名だけ伝えていた。
そこで少女は両親に話し、このホテルへ招待状を届けさせたようなのだ。
「サラもホークもダンスは上達したと思います。後は大勢がいる舞踏会のダンスフロアで、踊り慣れる段階かと」
「サラ、練習の成果を発揮するチャンスだ。行くよな?」
そもそも舞踏会へ行くのは、ランスの真実の愛を育む女性を見つけるため、だった。でも今のこの感じだと、ホークと私のダンス慣れのために行くように思える。
でもそこを指摘する必要は……ないだろう。
舞踏会へ行けば、ランスなら絶対声をかけられるはず。
レヴィンウッド公爵令嬢の件は、未だランスの意図がつかめない。
よってそちらが一旦保留だとしても。
間違いなく舞踏会へ行けば、ランスの人脈は広がるだろうし、出会いは増えるのだ。
レヴィンウッド公爵令嬢にはどこか不信感があった。
よってその彼女の滞在するホテルから朝帰りしたランスに対し、私は頭にきて、挙句変な夢まで見てしまったのだろう。
もし舞踏会で、レヴィンウッド公爵令嬢の対抗馬となるような令嬢が現れてくれれば、このもやもやした気持ちが落ち着くはずだ。
ゆえに、舞踏会へ行くか、行かないか――。
私の答えは決まっている。
「明日の舞踏会、三人で行きましょう」
◇
明日、舞踏会へ行く。
それが決まったので、前日となる今日は、朝食の後から早速ダンスの練習だった。
ランスもホークも私も。
ダンスに熱中したことで、レヴィンウッド公爵令嬢との朝帰り事件が再び話題になることはない。
「今日のところはここまでにしましょう。舞踏会は明日の夜からです。午前中と午後の早い時間までは練習もできますから、今日は無理しすぎる必要はありません」
ランスはそう言うとルームマッサージもスタッフに頼み、手配してくれて、おかげで全身を軽く揉みほぐしてもらうこともできた。
しかもこの日はスイートルームの専用バスルームを使い、入浴できたのだけど……。
なんとランスが頼み、薔薇風呂を用意してくれたのだ。
「サラにとっての社交界デビューになります。最善を尽くしましょう!」
ランスが実に頼もしいことを言ってくれる。
ちなみにホークも社交界デビューなのですが。
どうやら男子より女子の方が、社交界デビューで注目されるようだ。
ランスの関心も百パーセント私に向いており、ホークは……。
「ちっ、殿下め、俺様のことを忘れやがって……」
恨み節だが仕方ない。
ともかくランスの采配のおかげで、メイドさんも手伝いにつき、全身くまなく磨き上げてもらった。
「では体が温かいうちに香油を塗りましょう。保湿もできていい香りですよ」
メイドさんが髪と全身に薄付けしてくれた薔薇の香油のおかげで、私自身が薔薇の花になった気分だ。
そして昨晩、いろいろあり、疲れていた。
ゆえに入浴を終え、しばらくすると――。
もう爆睡!
そして迎えた舞踏会当日。
朝から気合いが入り、身支度を整え、朝食を終えると、早速ダンスの最終練習。
午後はダンス曲に慣れようということで、ワイン祭りが続く噴水広場へ向かい、バイオリン奏者を見つける。たっぷりお金を払い、ダンスの定番曲を復習しつつ、曲にあわせて自然発生したダンスの輪に参加。
そんなことをしているうちに、遂にその時がやってくる。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第43話:オシャレは……楽しい!」です。
【おまけ】
「ちっ、殿下め、俺様のことを忘れやがって……」
「ホーク様、こちらお届け物です」
「!? なんだ、殿下からか。うん! これ香水じゃないか……!」
ランスの気遣いに感動するホークなのでした!






















































