41話:なぜですか?
「おはよう、サラ。昨日は夕食の時間に帰ることができず、申し訳なかったです。帰りが遅くなることも連絡すればよかったのですが、それもできませんでした。本当にごめんなさい」
ホテルの一階のレストランに、朝食を摂るため、集合だった。
森を思い出すリーフグリーンのデイ・ドレスに着替え、レストランへ向かうと、既にランスとホークは席に着いている。スタッフに案内され、二人の待つ席へ向かうと、ランスは席を立ち上がり、深々と頭を下げた。
白シャツにアクア色のセットアップ。
ベストはシルバーとグレーの縦ストライプで、タイにつけた銀細工の宝飾品もとても美しい。どこからどう見ても、高貴な身分。そのランスが立ち上がり、頭を下げるので、近くのテーブルに座る令嬢・マダムが「何事?」とこちらを見ている。
「殿下、頭を上げてください。まずは席に着いてください」
「ですが……」
思わずその手を掴み、座るよう促すと、陶器のような肌が珊瑚色に染まる。
昨晩。
ぐっすり眠れたのだろうか、ランスは。
まだ十八歳、水を弾くぐらい張りのある肌をしている。
私もまだ二十歳なのだけど、今朝は変な時間に目が覚め、自分としては肌の調子がよくない。ゆえにランスのその美しい肌につい目が行ってしまう。
だがしかし。
今はそうではないだろう。
「ランス殿下、昨晩の件はお気になさらないでください。既に社交界デビューされた殿下は、自身の行動に責任をとれる大人なのですから。それに殿下のプライベートにとやかく口出しをするつもりはありません」
ランスが何か言う前にスタッフから飲み物をどうするか尋ねられる。
いつもなら紅茶だ。
でも今日はコーヒーを頼む。
王侯貴族の飲み物として、コーヒーは今、まさに人気だった。
「……つまりサラは何も怒っていない、ということですか? なぜ連絡をしなかったのかと僕を責める気持ちは」「ございません」
ランスは驚きとなんだか寂しそうな表情に変わる。
そんな反応をされても、困ってしまう。
帰ってこなかったのはランスなのに……。
大きく息を吸い、吐くと私はこう話しだしていた。
「最終目的地は北の谷です。ですがそこに到達するまでに、殿下が真実の愛を育むことができる――そう思える女性と出会うことも必須ですよね? 殿下がレヴィンウッド公爵令嬢を選んだのであれば、ホークも私も応援するまでです」
チラッとホークを見ると、彼は金色の瞳でじっとランスを見ていた。
「サラ、僕は、そういうわけでは……」
「ではどういうわけで朝帰りを?」と尋ねそうになったが、そこに私のコーヒーと前菜とスープが到着。危うく言わないでいい一言を口にする事態は避けられた。
「ともかく。昨晩の出来事のビフォーアフターで、ホークと私の殿下への態度は変わることはございません。むしろ、殿下の方で希望があれば、お知らせください」
「僕の希望……?」
「はい。例えば滞在するホテルを変えたいとか、あるのであれば」
「待ってください」とランスはかなり焦った表情になる。
「どうしてホテルを変更する必要が!?」
「レヴィンウッド公爵令嬢が滞在するホテルの部屋が空いているなら、そちらへ移った方が殿下に好都合であれば、従うまでです」
ランスはきゅっと唇をかみ、傷ついたような表情になる。
こちらは歩み寄りの提案をしているのに。
どうしてそんな顔に……?
「サラ、もういいだろう。殿下の方で何か要望があれば言うと思うしさ。それより、ほら、もう卵料理も来る。はや」
そこでホークが言葉を切った。
金色の瞳が「サラ!」と慌てた様子でランスに向けられている。
「……?」
そう思ってランスを見ると、おじいさんランスになっている!
この姿を見るのは、久々だった。
「ランス殿下、給仕のスタッフも来ます! もう、どうされたのですか!?」
抱きしめようとすると「このままでいいです」と拒絶する。
「もしや……この役目はレヴィンウッド公爵令嬢に譲った方が良かったですか?」
おじいさんランスだから、そんなに素早い動きができるとは思わなかった。
でも私は四人掛けテーブルの右隣に座るおじいさんランスの胸の中に、ぎゅっと抱きしめられていた。
老化前と変わらず、爽やかな香りがしている。
「前もいいませんでしたか、サラ? 僕を老化から回復させられるのは、サラだけです。女性なら誰でもできることではないのです」
スタッフが来るからと焦っている時に何か言われても、頭に入ってこない。
とにかくランスから体を離そうとするが……。
おじいさんランスは思いがけず力強さを発揮し、離れることができない!
「レヴィンウッド公爵令嬢では、僕の心は安定しません。サラではないと、ダメなのです」
レヴィンウッドに反応し、動きを止め、ランスの言葉に聞き入ることになる。そして自然と尋ねてしまう。
「なぜですか?」
「それは……」
お父さんランスぐらいまで老化を撃退できた。
「!」
スタッフは笑顔で何も言わず、肉厚なハムステーキをテーブルに置くと、そのまま去っていく。
「僕には……サラが絶対に必要だからです」
お読みいただき、ありがとうございます!
畳みかける殿下。
彼の渾身の想いは、サラに伝わるのか!?
次回は「第42話:対抗馬がいれば」です。
 





















































