40話:どうして、どうして、とループしている
「ラウンジにいたんだよ、殿下とグラマラス公爵令嬢が」
「え……つまりそれは……」
「事件でも事故でもなく、自身の意思でそこにいるのだと思う。どうして連絡をくれないのかは……分からない。でも殿下は一人掛けソファにリラックスした様子で座り、グラマラス公爵令嬢は嬉々とした表情で話していた」
心臓が嫌な鼓動を奏でていた。
どうして、どうして、という言葉が頭の中でループしている。
何か事情が……。
ううん、そうではないわ。
「ホーク。ランス殿下はレヴィンウッド公爵令嬢と話して、何か意気投合したのかもしれないわ。恋人とデートしている時に干渉されたくないでしょう。一応殿下は十八歳で、社交界デビューは済んでいるし、大人の仲間入りを果たした年齢なのだから。それに夕食の時間に絶対に帰ります、と言っていたわけではない。気にせず、もう私たちは休みましょう」
「え、それでいいのか」
「いいのよ。夜中にこっそり帰ってきても、余計な詮索をしない方がいいわ。私たちはあくまで旅に同行しているだけ。ランス殿下のプライベートに過干渉する必要はないのよ」
ホークは何か言いたげな顔だったが「分かった」と応じる。
「もう0時回っているし、お互い寝た方がいいよな」
私はこくりと頷く。
「では俺も豪華なスイートルームで入浴でもしますか、っと。殿下が変な時間に帰ってきても見て見ぬふりをするよ。……それでいいんだろう、サラ」
「ええ、それでいいのよ」
自分に言い聞かせるように私は答え、ホークは「了解」と言うと……。
私の頭をくしゃっと撫でた。
その後、ぎゅっと抱きしめる。
「サラ、約束だ。俺がこの部屋を出たら、余計なことは考えない。歯磨きして、ベッドにすぐ行く。その後はよく晴れた空を思い浮かべるんだ。サラは自由。何にも縛られない。そしてこの旅が終わったら、ココが待つナイト・フォレストへ戻る。そうしたらまたいつも通りだ。三人で楽しく過ごそう」
「うん。そうだね」
腕をホークの背に回し、ぎゅっと私からも抱き着いていた。
◇
『殿下、来ていただけて嬉しかったです』
レヴィンウッド公爵令嬢がランスを抱き寄せる。
二人の額が触れ合っている。
『九月に会う約束をしていたのに、反故にして申し訳なかったです』
『そんな、お気になさらないでください。今、こうやってお会いできているのですから!』
額が離れたと思ったら、二人は見つめ合って微笑み、今度はお互いの鼻が触れ合っている。
『君が僕を見つけてくれて良かったです』
『殿下……!』
レヴィンウッド公爵令嬢とランスの唇が重なる――。
「いやっ!」
自分の叫び声で目覚めることになった。
心臓がドキドキしている。
どうして、こんな夢を……。
ホークに言われたとおりにして、もう無我の境地で眠ったはずなのに!
まさか夢であんな二人の姿を見るなんて!
あれは……バスタブつるつる騒動の時のランスと私だ。
それがレヴィンウッド公爵令嬢に置き換わっているなんて……。
というかそもそも私はこの騒動のこと、何で忘れられないのかしら?
スパでも思い出してしまったし。
ため息を一つつく。
そして喉の渇きを覚える。
まだ室内は薄暗い。
でも厚手のカーテンの隙間から感じるわずかな柔らかい輝きに、夜が明けつつあることを感じる。
水を飲むために、少しだけカーテンを開けよう。
起き上がると冬の寒さを感じ、慌ててベッドそばの椅子にかけた厚手のガウンに手を伸ばす。手早くはおり、カーテンを開けると……。
想像通り、夜明け時で、空の上の方は濃紺だが、そこからだんだん淡さが増し、建物がある付近は鴇色に染まっている。日の出が近い。
ホテルへと近づく馬車が見えた。
茶色に赤のチェックのハンチング帽に見覚えがある。
あれは――。
間違いない。
ランスが契約した御者と馬車だ。
ということは。
ランスは……朝帰り!?
先程以上に心臓がバクバクしている。
でも、まだ本当にランスだと決まったわけではない。
そのまま馬車がホテルのエントランスに入るところまで見えた。
だが雨避けのため、ひさしがあった。
よってエントランスで馬車から人が降りる様子は、この位置からでは見えない。
――「余計な詮索をしない方がいいわ。私たちはあくまで旅に同行しているだけ。ランス殿下のプライベートに過干渉する必要はないわ」
自分で言った言葉を思い出す。
でもまさか、朝帰りするとは……。
ううん、関係ないわ。
そのままソファ前のローテーブルに置かれたカラフを手に取り、グラスに水を注ぐ。
その後は頭を空にしてごくごくと飲み干す。
まだ起きる時間ではない。
もう一度寝よう。
ベッドへ移動し、着ていた厚手のガウンを脱ぐ。
その瞬間から冷気を感じ、慌ててベッドへ潜り込む。
まだそこには自分の体温の温もりが残っている。
そのことに安堵し、目を閉じる。
ホークに言われた通り、晴天の空を思い浮かべ、余計なことは考えない。
考えない。
考えないようにしているのに。
なぜか涙がこみ上げ、二度寝することはできなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
殿下がまさかの朝帰り……!?
次回は「第41話:なぜですか?」です。