3話:無我夢中で
無我夢中だった。
とにかく家へ連れ帰り、まずはなんとか水だけ飲ませた。
その際、おじいさんの姿を改めて確認することになった。
白髪で、ひげもじゃ、痩せた長身のサンタクロースみたいだ。粗末なグレーのローブを着ている割に、腰には宝石が埋め込まれた立派な剣を持っていることに気付く。紋章があるが、森の外のことに疎いので分からない。
とりあえず剣をとめるベルトを外し、体を楽にしてから魔法でソファに横たえさせた。
その間にココとホークにベッドメイキングさせる。
低い唸り声が聞こえた。
意識が戻ったのだわ!
「おじいさん、お名前は? どこから来ましたか?」
尋ねるが返事がない。
というか、これは聞こえていないのでは?
おじいさんの耳元に顔を近づける。
そこで驚いたのは加齢臭ではなく、爽やかな香りを感じたこと。
香水をつけていたの?
随分しゃれたおじいさんだ。
それはともかく。
聞こえやすいように、区切りをつけながら、ハッキリと発音して尋ねる。
「おじいさん、お名前は? どこから来ましたか?」
無反応。
聞こえている……ような気がする。
でも答えない。
「このおじいさん、しゃべれないのかしら?」
ベッドメイキングを終えたココが首を傾げる。長い耳が可愛く揺れた。
「なんだか偏屈じいさんに見えるぞ。本当は話せるのに無口を決め込んでいるのでは?」
ホークはそう言うとバサッと飛んで、ソファの背もたれに止まり、おじいさんの顔を覗き込む。
「ココ、ホーク。高齢なのよ。優しく見守ってあげて」
「「はーい」」
再びおじいさんの顔に視線を戻す。
おじいさんは少し濁りを感じる碧眼の瞳を忙しそうに動かしている。
鷹とウサギが話しているのだから、一体ここはどうなっている!?と内心では思っているかもしれない。
「私は夕食を用意するから、ココ、ホーク、現状を説明してあげて」
「「はーい」」
私が立ちあがりキッチンへ向かうと、早速ホークがおじいさん発見の経緯から話し始める。魔女という立場を明かすことになるが、こんなに衰弱しているのだ。悪さなんてできないだろう。それに助けた恩を思えば、誰かに私のことを話すとは考えたくない。
お人好しと言われればそれまでだが、私は善性を信じたかった。
ココが用意してくれていたスープを木製の器にいれ、今朝焼いたパンを温める。その作業をしながら考える。
本当に話せないのかしら?
剣を持っていたということは。
元兵士や騎士の可能性もある。
そう言った職種の人間は、戦争で捕虜になると痛い思いをすることもあるという。
話したくても話せない可能性もあった。
ほんのり焦げ目のついたパンをお皿にのせ、スープの器の横に置く。木製のトレイを持つと、おじいさんのいるソファへ向かう。
スープはオニオンスープで、もういい香りが部屋中に漂っていた。
おじいさんはハッとしてゆっくり体を起こした。
衰弱しているが、空腹を覚えたのだろう。
自然に体が反応しているように思えた。
「スープとパンです。おそらく数日、何も食べていないですよね? 急に大量に食べることはできないと思うので、まずはこれを召し上がってください。様子を見ましょう。既にホークから聞いていると思いますが、私は魔女のサラです」
おじいさんの目の前のローテーブルにトレイを置いた。
手を震わせながら、スプーンを掴もうとしたが。
「あ、落ちる!」
ホークは素早くスプーンをキャッチしてくれた。
「無理はしないでください。私が食べさせていいですか?」
ホークから受け取ったスプーンを見せると、少し頷いたように思える。そこでオニオンスープをスプーンにすくい、冷ましてからおじいさんの口元へ運ぶ。
待ちきれないという表情で、おじいさんはオニオンスープを飲み込んだ。
舌はあるのね。
そうなると……。
話せるけど……話したくないのかな。
そういう時、あるよね。
無理に話をさせる必要もないだろう。
その後はスープだけ飲ませたところ、綺麗に平らげたのでお代わりを用意し、今度はパンを浸す。柔らかくしたパンをスプーンに乗せて口へ運ぶと、丸まる一つ食べ切った。
相当、お腹が空いていたのね。
食料も水袋も持たず、剣だけ持って森に置き去りにされていたなんて。
一体このおじいさんの身の上に、何があったのか。
本当に気になるが、話したくないというおじいさんの意思を尊重し、代わりに尋ねる。
「おじいさん。ミラベル、知っていますか?」
おじいさんの瞳が一瞬輝いたように感じる。
「今が季節なんです、ミラベル。食べますか?」
ミラベルはスモモの一種で、前世で食べていた日本のスモモに比べ、うんと甘い。
夏の終わりに収穫できる果物だ。
旬のうちは生食が一番おいしい。
でも傷みやすいので食べない分は、コンポートやジャムにしてしまう。そうすれば長く楽しめる。
ホークが持ってきてくれたミラベルを入れた籠を見せると、おじいさんの瞳が輝く。
さっきの輝きは兆しだった。
どうやら好物のようだ。
「沢山あるので、好きなだけ食べてください」
食べやすいように、果物ナイフで二つに割り、種を取り出す。皮をむくかと尋ねると首を振った。
動作で反応があったわ!
たっぷりミラベルを食べ、おじいさんは満足したようだ。
次は……。
お読みいただき、ありがとうございます!
徐々に元気になったおじいさん。
次回は「第4話:異世界でも をしています、私……?」です。
なぜか赤面展開に!?