37話:まさに理想の彼女
「サラ、疲れていますか?」
「! ごめんなさい。そう言うわけではないのですが……」
「スパ施設のスタッフが教えてくれました。温泉は健康に役立つ一方で、体温が上昇することで、疲れやすくなると。温泉で体が温まることは運動をしているにも等しい状態になるそうですよ」
ランスは優しい。
レストランで食事をした後、スパ施設から戻り、軽く休憩をとった。短時間の昼寝をして、そして夕食前にダンスの練習をしていた。
ランスもホークも黒のテールコートを着て、私もシャーベットイエローのダンス映えする裾が大きく広がるドレスに着替え、練習に臨んでいる。
やる気はあるのだ。
でも。
あのレヴィンウッド公爵令嬢のことが、頭から離れない。
彼女は前世で言うなら肉食系女子だ。
恋愛にアグレッシブで、自ら意中の相手にぐいぐい行けるタイプ。
前世において。
同じ派遣会社から派遣されている女子にもそういう子がいた。
彼女は「結婚相手を見つけるためこの会社で働いているんだもん。狙い目は大手から出向してきている若手社員。絶対に落とす!」そう言って、泣き落とし、ピュアさアピールからのほんのりお色気作戦、はては年配の女性社員に妬まれて辛いんです!と可哀そうな子を演じた。とにかくありとあらゆる手を尽くし、彼女がいたその男性社員と交際を開始。彼女と別れさせた上、婚約すると、指輪を派遣仲間に見せびらかしていた。
目的のために猛進できるそのパワーには、ただただ圧倒される。
そしてレヴィンウッド公爵令嬢は、そのタイプではないかと思ったのだ。
それだけアグレッシブなら、北の魔女ターニャにも立ち向かえるのではないか。
しかも老化したランスでも構わないと言っているのだ。
まさに理想の彼女になるのでは?
これから彼女が積極的にランスにアピールしたら、二人は……。
そう想像すると、足の動きが鈍くなる。
集中できず、ステップを間違えてしまう。
今日はパートナーをつけて、動きの確認をするのに。
これでは一緒に練習するホークにまで、迷惑をかけてしまう。
「ブレイクしましょう。夕食を食べ、疲れがとれていたら、また練習にしましょう」
「いいね! そうしよう。俺、もうお腹空いているし!」
「なんだかごめんなさい」
ホークがぽすっと私の頭に手を乗せ、「にかっ」と笑う。
「気にすんなよ、サラ」と。
◇
スパに行った翌日から二日間。
それはダンス猛特訓で過ぎて行く。
とはいってもずっと踊っているわけではない。
ダンスにおけるマナー、ダンスの歴史やウィンナー・ワルツで使われる曲を知るために、演奏会などにも足を運んだ。その間、ランスは何度か老化を起こすが、それはお父さんランスまでには至らない。私が抱きしめるまでもなく、気づけば回復している程度だ。
そして今朝、ランスはスイートルームでのルームサービスを頼んだ。
一面が窓になり、噴水広場が見下ろせるリビングルームのテーブルには、ポタージュ、スクランブルエッグなどの卵料理、ベーコンやソーセージなどの肉料理、サーモンのマリネ、フルーツ、焼き立てのパンが並んだ。
そこに私がお邪魔し、ホークとランスと三人で、朝食を楽しむことになった。
食事を終えると、サファイアブルーのセットアップ姿のランスは、手ずからで紅茶を淹れてくれる。そしてゆったり話を始めた。
「今日のティータイムに、レヴィンウッド公爵令嬢と会うことになりました。夕食には間に合うよう、戻るつもりです。午後のダンスの練習、申し訳ないのですが、サラとホークでお願いできませんか」
若草色のデイ・ドレスを着た私の心臓は、驚く程、ドキッと反応していた。
一方のいつも黒衣装のホークは、落ち着いた様子で応じている。
「大丈夫だよ、殿下。もう俺とサラでパートナーを組んで踊る段階まできているんだ。基本のステップは体が覚えてくれた。あとはいかに慣れた感じで踊れるか、だろう?」
ホークの言葉にランスは、フッと微笑む。
「ホークはやや強引なリードなので、そこは気を付けてください。男性と女性では力も違います。ホークにとっては、ちょっと力を入れただけ。それでもサラは、よろめいたり、転倒したりする危険があります。特に腰や肩を痛めると大変ですから、気を付けてください」
「オッケー、殿下!」
こうして朝食が終わると、エントランスホールでの練習となったが。
ランスがレヴィンウッド公爵令嬢と会うと思うと、なんだかモヤモヤする。
どうしてだろう。
今のランスに必要なのは、彼女のような積極性なのではないか。
真実の愛を育むためにも。
北の魔女ターニャを倒すためにも。
レヴィンウッド公爵令嬢は最適に思えた。
何よりもあのおじいさんランスでも愛せると言っているのだから。
応援、しないといけない。
私は助太刀をしないと決めたのだから。
「サラ!」
ホークではなく、ランスがパートナーとなり、動きとステップを確認しているところだった。だが集中していない私はランスの靴を踏んだ挙句、滑ってしまい、後ろに倒れそうになっていた。
だが、私が倒れることはない。
ランスが見事に私の体を支えてくれたのだ……!
背中に感じるランスの腕の逞しい筋肉。
十八歳、二歳下、おこちゃま。
なんて思ったこともあったが、違う。
こんなに力強いなんて。
もうランスのその体は、立派な大人だ。
私の姿勢を元に戻そうと、ランスが腕に力を込めた瞬間。
ぽすっと私の体は、ランスの胸の中に飛び込んでいた。
ふわりと感じる爽やかなランスの香水に、胸がキュンとする。
慌てて体を離そうとしたが、逆にランスからぎゅっと抱きしめられた。
ここしばらく、ランスの老化は劇的ではなかった。
ゆえに私がランスをぎゅっと抱きしめる機会もなかったのだ。
ランスから私を抱きしめるなんて、そもそもない。
あのバスタブつるつる騒動以外では。
よってこんな風に抱きしめられるのは……。
「僕は……サラがいてくれればいいんです」
耳元で不意に囁かれた言葉に、ドクンと心臓が反応した。
でもランスはすっと体を離してしまう。
「パートナーと組んでの練習は、午後でお願いします。今から噴水広場に向かい、ダンス曲に合わせ、大勢の中で踊る練習をしましょう」
ワイン祭りの最中、飲食店以外の出店も多くあった。
その中にはバイオリンの演奏者もいる。
お金を渡せば、希望の曲を弾いてくれるのだ。
それがダンス曲だと、その近くにいる人は自然とダンスを始める。
大勢の中でのダンスの練習にもなるし、ダンス曲を知るいい機会になるのだ。
私の耳元でささやかれたランスの言葉。
その意図を問うこともなく、ホテルを出ることになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第38話:……図星だ。なぜ分かるの!?」です。
ホークは「もーっ」と言い、指摘する。
「サラ。全然、集中できていないよな?」
【お知らせ】第三部スタート
『悪役令嬢に転生したらお父様が過保護だった件
~辺境伯のお父様は娘が心配です~』
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併読いただいていた読者様。
お待たせいたしました。
ぜひお楽しみくださいませ☆彡





















































