36話:彼女は諦めなかった
ようやく席へ案内してもらい、料理を注文すると、ホークは本気なのか皮肉なのか、こんなことを言い出した。
「殿下、すごく熱烈なアピールじゃないですか! しかも『見た目がどんなお姿であっても、中身は殿下なのですから!』と言い切っていたよな。公爵令嬢なんて、本来王都にいるのだろう? それがここで運命的に再会って! 真実の愛を育むお相手は、あの令嬢なんじゃないですか!?」
振られたランスはため息をつく。
「今日はこの後、例の暗号文を解読するため、図書館に足を運ぶつもりでした。ですがその必要はなさそうです」
唐突に公爵令嬢の話から暗号文に話題が飛んだので、ホークも私も一瞬「?」となる。だがこれ以上、公爵令嬢の件をランスが話したくないと、話題を変えた、そう思っていたら……。
「ホーク、君の指摘は正しいです。公爵家の令嬢は、本来王都にいるものです。この街のワイン祭りは、確かに人気。ですが公爵家であれば、ワインなど屋敷にいても、献上品で様々な産地のものを楽しめます。わざわざここまで足を運びません。そうなるとレヴィンウッド公爵令嬢は、僕を探してこの街へ来たのだと思います」
「それって……え、まさか!?」
ホークが息を呑むが、それは私も同様だった。
ランスを見ると、彼は頷く。
「尾行していたのはレヴィンウッド公爵令嬢が雇った斥候でしょう。レヴィンウッド公爵は野心家です。娘が誕生した時から、王家に対し、動いていました。娘を僕の婚約者にしようと。僕の方が三か月早く誕生しましたが、レヴィンウッド公爵令嬢は同い年です。推しやすかったというのものあると思います」
「つまり殿下が王宮から突然消えてしまっても、レヴィンウッド公爵親子は王太子の婚約者の座を諦めたくなかった――ということでしょうか?」
私が尋ねると、ランスは何ともいえない表情を浮かべる。
これは……。
そこで注文していた料理が登場した。
貴族向けの施設なだけあり、料理も豪勢だ。
鮮やかなビーツのバターソテー、発酵キャベツを添えたぷりぷりのソーセージ、カリカリな仔羊のカツレツ。赤ワインで煮込んだビーフシチュー、輪切りのレモンが飾られたスモークサーモン。パンも、様々な種類のチーズの盛り合わせと一緒に提供された。
「うわあ、旨そう!」
ホークが目を輝かせ、ランスはふわりと優しい笑顔となり「食べながら聞いてください」と言い、自らビーツを口に運ぶ。ホークはいきなりソーセージにかぶりつく。私はビーツを口に運び、バターの風味にうっとりする。
「……今にも死にそうな老人の姿になった僕を見たレヴィンウッド公爵は、娘を嫁がせるより、廃太子にすることを考えました。僕には弟もいますからね」
「え、そうなると、親である公爵は早々に殿下に見切りをつけた。でも娘の方の公爵令嬢が殿下を諦めなかった、ということか?」
ホークがカツレツにかぶりつきながら尋ねた。
するとランスは、発酵キャベツと切り分けたソーセージをフォークに刺しながら、頷く。
「そうなりますね」
「えっ、公爵令嬢、いい奴じゃん! さっきは強引だったけど。だって公爵の目は殿下の弟に向けられているんだろう? でも殿下の居場所を探らせ、はるばるここまで来たんだ。しかも老化した殿下を見ても、重要なのは中身だと言い切った」
レヴィンウッド公爵令嬢は白々しい演技をしている……そう思ってしまったが。
この話を聞く限り、確かに彼女は、父親である公爵よりできた人間に思える。
それなのになぜ、ランスは微妙な表情なのかしら?
「レヴィンウッド公爵令嬢は……いえ、本人がいないところで、僕自身が見聞していないことを話すのは公平ではありません。それは差し控えます。ともかくあの場を収めるためとはいえ、会う約束をしてしまいましたから、この街にいる間に一度は彼女と話す必要があるでしょう。でもそれは僕の方で対処しますから、サラとホークは気にしないでください」
「えー、対処って……。お付き合いするのか、殿下!?」
「さあ、どうでしょう」
ランスとレヴィンウッド公爵令嬢の間で何かあるのかしら?
きっとあるのだろう。
でもそれは公平性を加味し、本人がいないので口にしないと。
それは人として立派な心掛けだと思う。
それは理解しているが、気になる……。
でもランスは、ホークが食い下がって今も尋ねているが、「レヴィンウッド公爵令嬢の件はこれで終了です」とばかりに取り付く島もない。もう話す気はないのだろう。
ただ、尾行者の正体は分かった。
ランスに好かれようとここまで追ってきた公爵令嬢なら、少なくとも王宮に「ここに王太子殿下がいます!」とは報告しないだろう。しかも自身の父親はランスを廃太子にしたいと思っているなら、なおのことだ。ランスを窮地に追いやることはしないだろう。
レヴィンウッド公爵令嬢。
第一印象はなんて素敵なメリハリボディだった。
ドレスを着た彼女はやや自己中心的で、強引。
だがランスの話を聞くと、一途な一面もあると分かった。
ただ、いろいろ加味しても。
公爵家の令嬢が、父親である公爵の意向を無視し、ここまで来たことは過小評価できない。
この地で見知らぬ令嬢と知り合い、真実の愛を育むよりも。
顔見知りでここまでできる公爵令嬢と恋をスタートさせる方が、打倒ターニャにつながるのではないかしら?
そう考えた時。
なぜかほろ苦い気持ちが込み上げていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第37話:まさに理想の彼女」です。
……応援、しないといけない。
私は助太刀をしないと決めたのだから。