35話:その声の主(ぬし)は
レストランに入り、スタッフが声をかけるより先に、「エヴァレット王太子殿下!」という女性の声がする。驚いてその声の主を見ると。
茶髪の縦ロールに、ヘーゼル色の瞳。
少し釣り目で頬はローズ色。
メリハリボディを包み込む、目にも鮮やかなマゼンタ色のフリル満点のドレス。
一瞬、彼女のドレスを着ていない姿が脳裏に浮かぶ。
別に私は他人の裸を想像する変態ではない。
だがしかし!
彼女、さっき大浴場で会った女性!
タオルで前を隠すこともないから、ボリュームのあるバスト、くびれたウエスト、ぷるんと揺れるヒップを見てしまったのだ。
エヴァレット王太子殿下――と呼んでいるということは。ランスのことを知っていることになる。ドレスもそうだが、身に着けているネックレスとイヤリング、髪飾り、ゴールドやパール、煌めく宝石が使われており、見るからに高級そう。しかも後ろに男女一人ずつが控えている。侍女と護衛の騎士? そうなると貴族。それも高位貴族では?
「君は……レヴィンウッド公爵令嬢」
「ええ、そうですよ、殿下! 覚えていらっしゃいますか? 私は殿下の婚約者候補でした。九月に殿下にご挨拶する予定だったのですよ。殿下がお茶会に招待くださる手筈になっていたのに! 突然、お姿を消されてしまい、わたくし、とても悲しかったですわ」
そう言うとレヴィンウッド公爵令嬢は、ハンカチで目元を拭う。
「殿下は呪いにかけられたと聞いています。確かに私が宮殿に足を運んだ際、別人のようになった殿下を見てしまいました。ですが私の気持ちは変わりません! だって、見た目がどんなお姿であっても、中身は殿下なのですから!」
本来、最後の一言は、ドラマチックで感動的なものであるはずだ。
北の魔女ターニャの呪いで、おじいさんランスになったその姿を見て、宮殿にいた女性たちはランスに対し、手の平を返す対応をした。それを思えば、レヴィンウッド公爵令嬢のように「中身は殿下なのですから!」という言葉は心を打つはずだった。
はずだった。
実際はなんだか白々しく聞こえてしまうのだ。
なぜなのかしら?
両手を胸の前で合わせ、ランスだけをじっと見つめるレヴィンウッド公爵令嬢。
その姿はまるで……そう、舞台女優のようだった。
今、彼女にはスポットライトが当たっており、渾身の演技をランスに対し、披露している。そんな風に見えてしまうのはなぜなのかしら?
「でも驚きましたわ。もしや殿下は呪いを克服されたのですか!? 見た限り、その見目麗しいお姿は以前と変わりませんわ。姿を隠されてから、一体何がありましたの!? 気になります。わたくし、そちらのテラス席の一角を貸し切りにしていますの。よろしければそちらへご案内いたしますわ。お話できると嬉しいです」
そう言って目をキラキラさせ、ランスを見るレヴィンウッド公爵令嬢は、自身の担当するセリフを全て言い切った!という自信に溢れているように思えてしまう。
なんだろう。
この出会いを想定し、言うべきことを考え、何度も練習し、この場に挑んだ……そんな風に思える。とても偶然の出会いには思えない。
「レヴィンウッド公爵令嬢、お誘い、ありがとうございます。ご令嬢は既にドレスに着替えられていますが、僕はこの通り。まだ館内着のままです。王族の一員として、同席するに相応しくない装いでもあるので、今のご提案は辞退させていただけないでしょうか」
「まあ、殿下! さすが王族の方は違いますね。服装は確かに重要です。ですがこのレストランでは皆、殿下と同じ装い。ドレスなのはわたくしだけです。わたくしは早めにこの施設に来ていたので、全てを満喫してしまい……。レストランで食事をしたら帰るつもりでいましたの。よって先にドレスに着替えただけですわ。よってそこはお気になさらないでください」
そこでランスは気づく。
レストランの入口で、いきなりスタッフよりも先に、レヴィンウッド公爵令嬢につかまってしまった。彼女が長々と話すことで、後ろに行列が出来つつあることに。
「お店の営業を妨害しそうなので、一旦、テラス席に向かわせていただけます」
「ふふ。向かうだけではなく、そのまま着席いただいていいのですよ、殿下」
レヴィンウッド公爵令嬢は、ウキウキした様子で歩き出す。
一方のランスは押し殺した声で、ホークと私に告げる。
「すみません。僕のしがらみにお付き合いいただくことになり」
「大丈夫ですよ」「気にすんな、殿下」
こうして一旦私たちがテラス席に移動することで、詰まっていた席への案内が再開される。
テラス席に出ると、ランスはすぐに口を開いた。
「レヴィンウッド公爵令嬢、大変申し訳ないのですが、僕は今、ここに公人としているつもりはないのです。あくまで私人として、友人と共にこのスパ施設を楽しんでいます。よって申し訳ないのですが、干渉は控えていただけないでしょうか」
「まあ、そうでしたの、殿下! それは申し訳ございませんでした。ご友人もいらっしゃるのですね。貸し切りにしているテラス席は余裕がありますので、ご友人が着席いただいても問題ないですわよ」
ランスはなるべく角が立たないよう、お誘いを辞退しているのに。
レヴィンウッド公爵令嬢はそれをのらりくらりとかわし、なんとしてもランスと話したいようだ。
「レヴィンウッド公爵令嬢……。そう意味ではないのです。僕が友人と過ごす時間を邪魔しないでいただけませんか。僕と話したい、というのなら、後日時間を設けましょう。滞在先のホテルを教えてください」
辟易したランスがこう言うことで、ようやくその場は落着した。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は「第36話:彼女は諦めなかった」です。
……ホークが驚いてランスに尋ねる。
「お付き合いするのか、殿下!?」
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