34話:飲泉に挑戦!
私が唐突に令嬢を紹介したこと。
ランスは特に文句を言うこともなかった。
でもあの寂しげな表情を見る限り。
紹介した令嬢は、ランスの心を動かすことなく、むしろ悲しい気持ちにさせたようだ。
心配で老化していないかと思ったら……。
うっ、艶のあるブロンドに白髪が見えている。
でも見る限りお父さんランスにもなっていないし、ケアはしなくても大丈夫そうに思えた。それに気持ちの切り替えは上手なようだ。飲泉エリアに向かい、歩いている今、ランスは明るくこのスパ施設の温泉の種類を話してくれていた。
こうして移動すること五分。
飲泉エリアに到着した。
ここではまず、陶器で出来たスパカップを購入するかレンタルするかを問われる。スパカップとは、飲泉専用の陶器製のカップで、持ち手の部分がストローになっていた。
販売品のスパカップは、側面に美しい絵画が描かれていたり、宝石が埋め込まれていたり、手が込んでいる。黄金が飾られたものや動物を模したデザインのものまであった。
記念に買い上げたいが、私たちは旅の途中。
そこでレンタルすることになった。
レンタルのスパカップは、白地に青でスパ施設の外観が描かれている。お金を払い、スパカップを受け取り、飲泉バーへ向かう。そこには白シャツに黒のベストにズボン姿のバーテンダー風の男性が二名いる。そして源泉から引いているサーバーを使い、温泉をスパカップに注いでくれるのだが。
ここで体調の確認がある。
飲泉は誰でもできるわけではないという。持病がある場合、それを申告し、飲泉が可能か判断され、さらにはその病状により、飲めないこともあるとのこと。
ということでランス、私、ホークの順番でバーテンダー風の男性に持病の有無を話し、続いて解消したい悩みを伝える。
「お兄さんは心配ごとがあり、胃の調子に不安があるのか。ではこちらだね」
ランスが胃の調子に不安を覚えている。
それはそうだろう。
何せ魔女の呪いを受けているのだから。
「お姉さんは便秘か。ではこれだね」
前世でもこの世界でも。便秘は女子のお悩みだ。
「眼精疲労……に効く温泉はないな。食べ過ぎ? ああ、それならこれだ」
ホークは目がお疲れ。分かる気がする。
でもさすがに目に効く温泉はないようだ。
ということで全員、体調に合わせた温泉をスパカップに注いでもらった。
「温泉水は必ずしもおいしくごくごく飲めるわけではないようです。そもそも少しずつ、レストランまで移動する時間を使い、ゆっくり飲むのがセオリーとのこと。美味しくなくて正解なのでしょう。それでも120mlほどあります。最後まで飲めるように、お口直し的に販売されているお菓子があるそうです」
ランスは本当にいろいろ調べている!と思いながら、そのお菓子を見るために、売店へ連れて行ってくれた。
「いらっしゃいませ、素敵なお兄さんと可愛らしいお嬢さん。こちらで売っているのは、温泉水を練り込んで作ったゴーフルです。薄くてパリパリで、そのまま食べてもほとんど味を感じません。だから薄くクリームを塗り、それをサンドして提供しています」
見ると一枚がパンケーキくらいのサイズがある。でも確かに薄く、これなら何枚でも食べられそうだ。
「クリームはここに書かれている通りで、いくつかありますが、人気はバニラクリーム。チョコクリームは少し値段が高いですが、貴族の皆さまには大人気。他にもピーナッツクリーム、バタークリーム、レモンクリームといろいろあります。あとはトッピングで砕いたナッツやドライフルーツも可能ですよ」
ランスはレモンクリームにオレンジピールのトッピング。
ホークはチョコクリームにナッツのトッピング。
私はバニラクリームにチョコレート薄く削ったコポーをトッピングしてもらった。
ゴーフルを右手に持ち、スパカップを左手に、歩き出す。
「では早速、飲んでみましょうか」
ランスの言葉を合図に、ホークと私もストロー状になっている飲み口から温泉水を試した。
「うん……僕の温泉水は、味のない微炭酸水と言う感じかな。ぬるくてなんとも。……きっとここでゴーフルを食べた方が良さそうだ」
ランスがそんな感想を持てば、ホークは……。
「俺のも微炭酸だけど、少し塩味がするかな? 正直、美味しくない!」
歯に衣着せぬ発言だが、それを否定する気にはなれない。
なぜなら……。
「私の温泉水は、ホークよりも、かなりしょっぱく感じます。同じく美味しいとは言えないですね。ゴーフルを買って正解だと思います」
良薬は口に苦しと言うけれど。
内臓に直接効くと言われている温泉水は、あまり美味しいと言えない!
時間をかけ、120mlを飲む意味も、ゴーフルが誕生した理由も、よく分かる気がした。
もはや飲泉は修行かもしれない……なんて思いながら、レストランを目指し、庭園を歩くことになった。でもこんなことをしているのは私たちだけではなく、多くの人が同じようにスパカップとゴーフルを手に歩いている。みんな渋い顔をしており、まさに修行中という感じ。
スパは社交場と言うが、この飲泉エリアは当てはまらないようだ。
最初に「あまり美味しくないぞ!」と反応した後は、皆、無言になるからだ。
なんとか時間をかけ、温泉水飲み終えることができた。
最後の方はゴーフルもなくなり、どうなるかと思った。
無事、飲み干すことができてよかったと思う……!
「サラ、ホーク、レストランが見えてきました。……美味しいものを食べましょう!」
ランスの言葉にお腹が反応し、遂にレストランに到着。
笑顔のレストランのスタッフが、まさにこちらへ向かい、歩いてきた時だった。
「エヴァレット王太子殿下!」
お読みいただき、ありがとうございます!
ランス、ホーク、私の三人で過ごす穏やかな時間。
それは嵐の前の静けさだった……?
次回は「第35話:その声の主は」です。
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