29話:僕の妻です。
ブティックに向かう馬車の中でも座席を巡り、ひと悶着あった。
私の隣に誰が座るか、だ。
でもすぐに馬車は動き出す必要がある。
ここは「ホーク、ランスの隣に座って頂戴」と命じることになった。
不貞腐れていると思ったホークだったが、そんなことはないようだ。
「それで、殿下。尾行は確かにいるな。放置でいいのか?」
「ええ。僕を追跡しているなら、必ず接触があります。王太子である僕を拉致したり、誘拐したりで王宮へ連れ帰ることはありません。いくらなんでも。接触あり次第、穏便に済ませます」
「穏便、ねぇ。穏便で済むのですか、殿下?」
いつもの黒で統一された衣装のホークは足を組み、後頭部に両手を添えると、背もたれに身を預ける。
「穏便に済ませますよ。必ず」
ランスはきりっとした表情で応じる。
するとホークは「では念のためで、ブティックに着いたら、俺は鷹の姿で奴らを見張っておきますよ」と提案。「ありがとう、ホーク。助かるよ。紳士服の店に向かうまで、そうして欲しい」とランスが伝えると「了解」とホークは答えた。
何かと口喧嘩をしているが、真面目に話す時、ホークはちゃんと「殿下」と呼び、話し方もきちんとしている。仲が悪いような、悪くないような、二人は不思議な関係だった。
「あ、ここですね、ホテルの支配人が紹介してくれたブティックは」
ランスの言葉に馬車の窓からお店を見てビックリ。
まさに「ドーン」という感じの店構えで、そして高級感に溢れている。
前世で言うならナショナルブランドの旗艦店。
入口の扉にドアマンもいるし、圧倒される。
だが馬車から降りたランスは私の手を取り、降りるのを手伝い、そして動じることなく扉へ向かう。ホークは車内で姿を鷹へ変え、素早く飛翔していた。
「いらっしゃいませ」
早速笑顔でスタッフに迎えられた。
◇
ホテルの支配人から紹介されたブティック。
スタッフはランスと私を新婚だと思っている。
ゆえに。
「どうですか、旦那様。奥様はスリムなので、こちらのように袖にボリュームがあり、ウエストからスカートが大きく広がるタイプ、こちらがとてもよくお似合いになります」
「本当だね。とてもよく似合うデザインだ。でも色が……。僕の瞳に合わせて欲しいな」
「! 失礼しました、旦那様。そうですよね。すぐに似たデザインの水色系のものをお持ちします!」
完全にランスを私の夫として扱い、試着する度、彼に見せる事態になっている。
「殿下! 私はただの付き添いなんです。ドレスなんて適と」
ランスの指が私の唇を押さえ、顔が耳元に近づく。
「サラ。ここでは君は僕の妻です。ちゃんと演じていただかないと」
こんなに甘い声をランスが出せるなんて……!
私は試着室の扉の持ち手を握りしめ、崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえる。
「奥様、お持ちしました、どうぞ、こちらを」
「あ、ありがとうございます……」
舞踏会のドレス。
一着あればいいのではと思ったら。
「舞踏会に行くのは一度だけですか? 一度で済むと思いますか、サラ?」
「それは……」
「その都度、試着して選ぶのは面倒ですよね?」
それはその通りだ。
結局、五着のドレスを買うことになった。
さらに。
「当店の強みはジュエリーショップも併設している点です。こちらの通路を進んでいただくと、そのままジュエリーショップになります。ドレスに合うジュエリーをご紹介させていただきますね」
これには「えっ」と声をあげそうになり、慌てて我慢する。
でもドレスにジュエリーは必需品だった。
最低限でネックレスとイヤリングは身に着けるべし、なのだ。
ようやくドレス選びが終わったと思ったら、五着分のジュエリー選びになった。
「ジュエリーの使い回しは基本的にしませんし、ご購入いただいたドレスは五色全て違いますから。ピンクのドレスには、ピンクダイヤモンドやピンクサファイア、ピンクトルマリンがおススメです」
き、貴族って大変なのね。
でもおススメされたジュエリーを見ると、キラキラとして綺麗ではある。
付き添いで出席する舞踏会だからと義務的に選ぶのではなく、楽しみながら選んでもいいのではないかしら?
気持ちを切り替え、ジュエリー選びを始めると、なんだかこんな会話にも違和感を覚えなくなっていた。
「妻の肌はこの通り、雪原のようです。よって青系統の宝石でも、サファイアでは青すぎるのです。ドレスも白に近いペールブルーにしたのはそのためなんですよ。そう考えると、このパライバトルマリンが一番、妻に似合うと思うのですが」
スタッフによると、パライバトルマリンはダイヤモンドより希少性が高いとのこと。なかなか産出されないからだ。
「さすが旦那様、奥様のことをよく分かっていますね。パライバトルマリンを使った、店頭には出していないネックレスとイヤリングのセットをお見せします!」
実際に試着させてもらうと、私の肌に映えている気がする!
何よりこのパライバトルマリンは、ランスの瞳を思わせる碧さだった。
「サラ、どうかな? 君はとても美しいからどんなジュエリーも似合う。でもこのパライバトルマリン、気に入りましたか?」
「はい。殿下の瞳のように美しく、気に入りました」
自然とそう答えることができた。
するとランスの表情が砂糖菓子のように甘くなる。
「ではペールブルーのドレスのジュエリーは、これで決定ですね! 次は……」
こんな感じで髪留めを含めたジュエリー選びも終了。
その後はさらに通路でつながる靴屋に向かい、そこでドレスに合う靴も手に入れた。
選んだ商品は、すべて後でホテルに届けてくれることになった。
これでようやく買い物が終了で、気づけば三時間も経っている!
ホーク、大丈夫かしら?
早くお会計を終えないといけないと思い、私は持参していたレティキュールからお金を取り出そうとすると……。
ランスはなんとこの街で小切手を手に入れており、あっという間にサインして支払いを終えてしまった。そして私の耳元で「旅の必要経費ですから」とささやき、ウィンクした。
新婚の妻を溺愛する夫が、妻のためにお買い物を楽しむ――これは演技のはずなのに。
なんだかドキドキが止まらなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
かりそめの新婚設定にドキドキが止まらない!
次回は「第30話:そもそも舞踏会って」です。
大切な事実に気がつきます……!





















































