27話:サラだけです
「僕は咄嗟にハンカチを取り出し、本物の蛙だと思い、窓から外に放ってしまいましたが……。あのハンカチは、サラが魔法で用意してくれたものです。王家の紋章と僕のイニシャルを入れてくれていましたよね?」
「はい、そうです。ホークが、鷹と剣が王家の紋章であると、教えてくれていたので……。それに王族は持ち物に紋章とイニシャルを刺繍していると、ホークから聞いていました。よって殿下の衣類や持ち物には、すべて紋章とイニシャルを入れています」
「そこまで気遣ってくださっていたのですね。それはとても嬉しいです」
おじいさんランスが瞳をキラキラさせ、それはなんだかほっこりする。
魔法で用意しているから、そこまで労力がかかったわけではないのに。
「ホークは蛙の置物を盗まれたと言いました。ですが蛙の置物なんて、そうそう盗まないですよね?」
「そう言われると……。特に宝石が埋め込まれていたり、純金製だったりというわけでもないので、なぜ盗もうとしたのか、謎です」
蛙マニアが偶然その場にいたと考えるのも苦しい。
「ホークに確認する必要はありますが、置物を包んでいたハンカチも、一緒に盗んだのだと思います。そして盗みたかったのは、置物ではなく、ハンカチだったのでしょう。偶然ハンカチの王家の紋章に気づき、『これは!』と思ったのではないでしょうか」
「なるほど。本当に王家の紋章なのか。そしてそこに刺繍されているイニシャルは誰のものなのか、確認したかったと」
「はい。でもハンカチだけ盗めば、その意図はすぐにバレてしまいます。よって蛙の置物も一緒に盗んだ。そうなると尾行者は、僕を探す人間です! 良かった! サラが魔女だと分かり、追う者がいるのではないかと、本当に心配だったので……」
それはまさに安堵でつい、した行動だと思う。
私はバスタブに身を乗り出すようにして、おじいさんランスの背中を流していた。そして真相を解明できた喜びで、彼は私にハグをしようとして……。
「「あっ」」
お互いの声が重なり、そして――。
私はバスタブの中に落ちそうになり、おじいさんランスは慌てて抱きとめてくれたが。
私の体は彼の胸に飛び込むような形で、バスタブの中に落ちていた。
しっかりと感じられる胸板に、力強い腕。
綺麗に割れた腹筋に、おへその形さえ美しい。
艶のあるこの肌は……。
「ランス殿下!? も、元の姿に戻っていますよ!?」
「いろいろとごめんなさい!」
慌てて起き上がろうとしたが、ここはバスタブの中。
滑って再びランスの胸の中に、飛び込むことになる。
ビシャ、ビシャとお湯も跳ね、着ているワンピースも濡れていく。
その事態に慌て、また起き上がろうとして、滑り……。
「「はぁ、はぁ」」
二人して息が荒くなっている。
着ているワンピースもびしょ濡れ。
一体何をしているの、私は!?
「一度、落ち着きましょう、サラ」
「……!」
確かに、ここは落ち着いた方がいいだろう。
今度は二人して深呼吸することになった。
が!
ランスは上半身裸!
しかもそれは美術館に展示されていそうな、大理石の彫像のように素敵なもの。
しかもお湯もしたたり、妙に色気まであり……。
落ち着く!?
そんなの無理っ!
いや、心頭滅却すれば火もまた涼し――という言葉がある。
目の前の、上半身裸のランスに意識が向かわないことを考えるのよ、私!
……。
………、そうだ!
尾行者の目的が判明した。
その喜びで、ランスの弱った心(精神力)は元気を取り戻したのね。
でもタイミングが悪かった。
よりにもよって入浴中に!
ただ、これで分かったことがある。
これまでは私が抱きしめる必要があったが、自身が嬉しくなるような朗報があれば、老化から脱却できるのだ!
「殿下、今回の件は事故です。怒るつもりはないので、謝罪は不要ですよ。むしろ喜ぶべきかもしれません」
「! そう言ってもらえると……。ごめ……いや、分かりました。それで喜ぶべきこととは?」
ランスは顔の水滴をはらうように、手で前髪をかきあげたが……。
な、なんて色っぽいのかしら!
ではなく!
「自身が嬉しくなるような朗報があれば、老化から脱却できますよね。私が抱きしめる必要は――」
「どうして、どうしてそうなるのですか、サラ」
ふわりと優しく後頭部に回された手により、私の上半身は前傾姿勢になっている。
「……!」
額が、ランスの額に触れた。
心臓が止まりそうなぐらい驚いている。
「尾行者がサラを追う者ではなく、僕を探す者だと分かり、確かに安堵しました。嬉しかったですよ。でも僕が元の姿を取り戻したのは、つい喜びでサラを抱き寄せてしまったからです」
「そ、そうですか……」
ドキドキして声が上ずっている。
近い、近い、ランスの顔が!
「!」
今度はお互いの鼻が触れている……!
「サラ以外の女性に抱きしめられ、僕が元の姿を取り戻せると思いますか?」
ランスの息がかかり、なんだか次は唇が触れてしまいそうだった。
それに何か言われているが、全く頭に入ってこない!
「サラだけです。僕を元の姿に戻せるのは」
「おいっ! 何やっているんだよ! 二人とも!」
バサバサという音に、ハッとして私とランスは慌てて離れることになった。
ホークが浴室のシャンデリアの下で羽ばたいている。
「寝るにはまだ早いから、サラの部屋を訪ねようと思って、フロントで聞いたら……。スイートルーム!? 何だよ、それって。しかもじいさんと同室って言うじゃないか! それに新婚!? 扉を何度ノックしても反応がない。何かあったのかと思ったら……! じいさんは裸で、サラはワンピースを濡らして、バスタブでキスするなんて破廉恥だ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
ホーク、怒り心頭!
この後、どうなるの!?
次回は「第28話:三人でベッドで」です。
三人のイメージイラストを人物紹介に追加してみました!





















































