21話:これを克服すれば……!
ランスの心(精神力)が弱くなるようなものを、私はいろいろ集めていた。
先程の蛙の置物。
あれは苦手意識により、心が弱くなると思い、提示したのだ。
次に出したのは、弱肉強食の無慈悲な世界。
小鹿が捕食者であるライオンに襲われる様子を描いた絵だ。
可哀そうという感情で、心が弱くなると踏んだのだけど……。
ランスは一瞬、辛そうな顔をしたが、老化は始まらない。
次に取り出したのは小説。
そこには冒頭、親子の涙、涙、涙の別れが描かれている。
「殿下。五ページ目までお読みください」
ランスは素直に小説を手にとり、読み始める。
悲しみで心が弱くなり、老化が……と思ったが。
「……サラ。この本、お借りしてもいいですか? 最後まで読みたくなりました」
瞳はうるうるしているが、それだけだった。
それならば次はこれ!
「殿下。これを差し上げます」
それはこの町に到着し、ランスが宿の位置を案内板で確認している間に購入したアプリコットのタルトだ。
「え、でも一つしかないですよ?」
「ホークはまだ戻ってきません。今のうちに殿下が召し上がってください。甘いものはお好きですよね? それにこのサイズなら、食べたところで夕食に影響はないはずです」
ランスは優しいので「ですが一つだけなら、ホークに譲りますよ」なんて言うのだから! これは心の強靭化計画の一環なのだから、気にせず食べて欲しい!
「……殿下にぜひ食べて欲しいと思い、購入しました。殿下が案内板で宿の位置を確認している時に。せっかく買ったのに……。興味、ないんですね」
少ししょんぼりした様子でそう伝えると、ランスはハッとした顔になり「それならばいただきます!」とタルトに手を伸ばしたまさにその瞬間。
私はタルトを横取りした。
まさに鳶に油揚げをさらわれる――という状況を作り出したのだ!
しかも横取りするやいなや「パクッ」と勢いで、半分以上を食べてしまう。
これは食べ物を奪われたことへの恨みと悲しみで、心が弱まることを期待したが……。
ランスは驚いた表情をしたが、すぐにふわっと優しい笑顔になる。その上でこんな風に言う。
「サラに食べてもらうのが一番です」
「食べ物の恨みはないのですか!? まさに今、食べようとしていたのに!」
「……どうして恨むのですか? どうしても食べたいのなら、また買えばいいだけです。それに恩人であるサラに奪われるなら、文句などありません」
なんて建設的な考え方!
かつ悟りきっている!?
その後もいろいろ試すが、ランスが動じることはない。
え、そうなるとなんで老化が突発的に起きているのかしら?
「ただいまー。サラ、遅くなってすまないな! 蛙の置物とハンカチは、無事キャッチできた。でもそれを置いて、人型に戻っている間に、置物を盗まれてしまって……。結局、鷹の姿で追跡して、取り戻すことになった。想像以上に時間がかかっちまったよ!」
そこでホークは「!」と気づいた顔になり、私の方へ駆け寄る。
カチッと蛙の置物をローテーブルに置き、ハンカチはランスに渡す。
「ありがとうございます、ホーク」
ランスが礼儀正しくお礼の言葉を言い、そしてホークは……。
「サラ。お腹空いたのか? こんな唇の端に、食べかすをつけて。まるで隠し食いしたみたいじゃないか」
ホークがソファの背もたれを手でつかみ、身をかがめると、もう片方の手で私の顎を持ち上げた。そして親指ですっと唇の端を撫でる。
さっきのタルトの食べかすが、ついていたのね。
「ありがとう、ホーク」
「どういたしまして」
ホークはいつものノリで、私の頬にチークキスをした。
鷹の姿をしている時、ホークは私の肩に乗ると、よくチークキスをしている。
人の姿になってもこれをするのは、毎度のことだった。
ガタッ。
音に驚き、ランスの方を見ると。
「!」
「な、殿下、じいさんになっているじゃないか!」
「ど、どうして!? これまで全部の試練に耐えたのに! え、何がダメだったのかしら!?」
とにかく急いでおじいさんになってしまったランスに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。
お父さんを通り越して、いきなりおじいさんになっているなんて!
何が、何が原因!?
ハッとして私は気が付く。
蛙の置物……。
そうよ、蛙の置物よ!
最初はすぐに窓から外へ投げ捨てることができたけど、今はローテーブルに置かれたまま。
本当は見ているだけでもダメだったのね。
でも我慢して……。
苦手な物を目の前にして、心が弱くなる気持ちはよく分かる。
私だって、前世のあの黒い虫を目の当たりにしたら、まず絶叫、そしていろいろな意味で凹む。一匹奴を見つけたら、三百匹はいると思えというのだから! さらに今すぐ退治しなければならない。退治したら退治したで、後片付けもある。どうしたって精神的ダメージは免れない。
もし私もターニャの呪いにかかっていたら、たった虫一匹で、おばあちゃんになっていたことだろう。
それでも。
ランスは克服しなければならない!
「ランス殿下」
「はい……」
元の姿に戻ったランスが、瞳をうるうるさせ、私を見た。
そんなに蛙がダメなのね。
でもここは、心を鬼にするしかない。
「この蛙の置物は、殿下にプレゼントします。毎朝眺め、克服してください」
「え……」
「殿下は苦手な物が目の前にあると、どうしても心が弱くなってしまうようです。でもそれは仕方ないことだと思います。こうなったら慣れていただくしかありません!」
なぜかホークが笑いを込み殺し、そしてランスは困った表情をして私を見る。
だがすぐに「分かりました」と素直に応じた。
虫が登場するので、ランチタイムを避け早朝に更新~
お読みいただき、ありがとうございました!
あくまで真剣な私。困惑する殿下。
笑いが止まらないホーク。
次回は「第22話:例の女性の件は?」です。
今年もそろそろコンテストで動きが!
活動報告と大変地味に存在しているX(twitter:@1starkirari)で報告しています。読者様の応援に心から感謝です☆彡






















































